第一章

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「ねぇ、朝倉颯太ってホモだから、男のアイドル追いかけてるんでしょ?」 「マジ? きもーい」  教室に入って、席の後ろから、今度は女性の声が聞こえる。颯太に関して影で言われるのは、女を引き連れている男か、ホモの男か、のどちらかだ。男が男のアイドルが好きなだけで、恋愛対象が男だと思われてしまう。颯太は特に恋人も、好きな人もいないが、だからといって男が好きだという自覚はない。別に、水着姿の女性グラビアアイドルでも見れば、一人前の男らしく、そういう部分に目がいくときもある。  英子が颯太を、心配そうに見る。おそらく会話が聞こえたからだろう。 「いいって。慣れてるし」  首をすくめてみせると、英子は、ならいいけど、と呟いた。  自分は純粋にアイドルが好きなだけで、ホモではないことは、英子も智美もわかってくれている。言わせたいやつには言わせておけばいいし、今の自分は余計なことを考えている暇はない。とにかく今の颯太は、アイドルのことだけを考えていたいのだ。  夕暮れ迫る頃、颯太はバイト先である駅前のファミレスに向かって歩いていた。あれから、ドルオタ仲間より、トリコがアルバム制作に向けて動き出したという情報を得た。アルバムが発売されるなら、通常版に限定盤、特典次第では店舗別で複数枚購入しなくてはならなくなるし、その後はおそらくライブツアーの発表があって、会場全部をまわろうとすれば、チケット代以外にも交通費がかかる。今日のラジオ収録のような金のかからないイベントはむしろ少なくて、この趣味は、とにかく支出が多い。ざっと計算しただけでも、金が足らない。こういうとき、バイト代のすべてを趣味に充てられる、実家住まいでよかったと心から思う。    店の裏口の扉を開けて中に入ると、むわりと湿った風が颯太の顔を撫で、いろんな料理の組み合わされた匂いが充満していた。 「ちーっす」  従業員控室をのぞくとそこには、今日何度も見かけた男がホール係の服を着て立っていた。 「……三田村恒星?」  声が聞こえてしまったか、その端正な顏の横顔が、颯太の方を向いた。 「おー、颯太。いいときに来たな」  奥の小部屋からキッチンの衣装を着た店長が、顏を出す。 「こちら、今日から働いてもらう三田村クン。たしか颯太と同じ大学じゃないか?」 「あーっと……名前だけ聞いたことあるくらいっすね。どーも、俺は経済学部の朝倉颯太」
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