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「理学部の三田村です」
小さい声だったが、その声は思ったよりも優しく、そして甘さを帯びた深い声だった。声までイケてるだなんてどこまで恵まれているのだろう。天は容赦なく二物を与えるものだとしみじみ思う。
「で、店長はなんでキッチンの服なの?」
「俺がキッチンやって、颯太に、ホールの仕事を三田村くんに指導してもらおうかなって」
颯太は夜勤もこなす関係で、キッチンでもホールでもどちらでもできる。今日は確かキッチンでのシフトだったはずだが、新人指導のために、ホールに行けということだろう。
「指導は店長の仕事じゃないすか?」
「トリコのグッズ、多めに発注してやるから」
「ぐっ……」
もともと、颯太がここで働いているのは、このファミレスとトリコがCM契約をしているからだ。それを知っている店長は、何かあると、こんな交換条件を出してきて誘惑する。
「へいへい。じゃ、よろしくお願いしまーす」
「こちらこそ、お願いします」
颯太が軽く頭を下げると、意外にも三田村は素直に頭を下げた。間近でみると、本当に整った顔立ちをしている。ホールに出たら、さぞ、映えるだろう。
そして三時間後、そんなことを感じる余裕などなく、通常の倍以上の疲労を蓄えて、颯太は控室に戻った。
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