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第五章
あれから数日経ち、颯太はまだ人の少ない教室で、机に向かってスマホの電卓をにらめっこしていた。
「おはよう、颯太くん。何してんの?」
「ああ、加藤か、おはよう。いや、アルバム特典発表になったから、どこでどれだけ予約しようかっていう計算中」
英子は、颯太の隣に座った。
「颯太くんが戻ってきたって感じがする」
「なんだそれ」
あの日、トリコの出演番組を忘れていたことに、自分のことながらショックを受けた。いろいろと疎かになっていたという自覚はある。ドルオタとして、好きなアイドルの予定を忘れるなんて許されない事だ。現実の恋愛なんかに一瞬でも目を向けたのが悪いのだ、と今一度、気持ちを引き締め直すことにした。
バイトも先月、鬼のようなシフトをこなしたおかげで、それなりに軍資金を稼ぐことはできた。今月はそれほど三田村と会うこともないだろう。
あの科学館の次の日、三田村とは何事もなかったように声をかけた。
「昨日は悪かった。俺も忘れるから、おまえも忘れろ」
三田村は、何か言いたそうだったが、黙っていた。
「俺の恋愛対象は男じゃないし、おまえのことは好きでもなんでもない、ただの友達だ」とも告げた。三田村もそれに黙って頷いた。颯太自身は予防線を張ったつもりだったが、まるで、自分に言い聞かせているようだった。
ただ、それ以来、三田村は学校で颯太を見かけても、話しかけてくることはなくなった。急によそよそしくなった自分たちに、周囲がまた噂していることも颯太の耳には届いている。 どうやら『ホモの朝倉颯太が三田村恒星に告白してフラレた』ということになっているらしい。
「三田村のせいで、また変な噂も流れてるしなぁ。どうしても、世の中は、俺をホモにしたいらしい」
本当だね、と英子は笑った。まぁ、ちょっと足を突っ込みかけたなんて、口が裂けても言えないが。
今までの三田村との関係は近すぎた。むしろ、今くらいの距離感が普通なのだと思う。そして、自分は現実世界より、アイドルを追いかけるほうが向いているとつくづく感じたのだ。
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