a chance meeting

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【First grade-Spring】  ランドセルから解放されれば、同時に子供というレッテルからも解放されたように周囲の対応ががらりと変わる。  まだ身の丈に合っていない大きな学ランと、真新しい鞄、まだ硬いシューズ。玄関框に腰掛けて靴紐を結んでいると、背後からぱたぱたと急ぐ足音が聴こえて足元に影がかかる。 「──貴久(たかひさ)! お母さん帰りは9時くらいになるから、後はよろしくね!」 「……」 「お金はテーブルに置いてるから、夜ごはんは好きなものを食べてちょうだい」  連絡事項だけを伝えきった母親は、こちらの返事を待つことなくヒールに足を突っ込み、オレの横を颯爽と通り過ぎていく。  共働きの両親を持つ子供の、見慣れた朝のやり取り。仕事に急ぐ親を引き留めてまでこちらから伝えることなど特にない。  止めていた手を再び動かし、靴紐をきっちり結んで、鍵をかけて、チャリかごに鞄を突っ込んで。  数週間前までは右に折れていた道は、今日から左に変わる。桜道に差し掛かる頃には、車、それから親子連れの姿が目に入った。  自分と同じく真新しい学ランやセーラー服に身を包む少年少女の顔には、これからの学校生活への期待と不安に染まっている。  その横には優しげに、または誇らしげに我が子に寄り添う母親や父親。  ───揃いも揃って、似たようなツラばかりだ。  
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