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「……聞いてた」
葉山の声がした。
声には、常の覇気がない。
痛いほどの静寂。張り詰めた緊張感。
重苦しい沈黙を破ったのは、葉山の、痛々しい渇いた笑い声だった。
「は、は……バカみたいだろ。俺、すげえ間抜けな勘違いしてたんだよな。リオが横にいて、誰も……、俺を選ぶはずないのにさ」
支倉は、何も答えない。
葉山の吐露を促すように、ずっと沈黙を守ったまま。
葉山の声は震えていた。
けれど泣いてはいなかった。
「お前と友達なのは……、しんどいな」
それを聞き、瞬間的にカッと頭に血が昇った。
顔がいいのは生まれつきで。周りにちやほやされるのは支倉のせいじゃないのに。
今回のことだって、支倉が責められるのはあまりにも理不尽だ。
支倉と一番一緒にいるはずの葉山が、どうしてそれを汲んでやらない?
「……お前が嫌に思うなら、俺から離れていいよ」
やっと口を開いた支倉の声は、静かだった。
故に、何の感情も汲み取れなかった。
ただただ、葉山の訴えのすべてを受け入れる意思だけがそこにはあった。
理不尽な状況に巻き込まれて、けれど支倉は一言も言い返さない。
それが無性に悔しい。
「悪い………先、帰るな」
支倉が先に沈黙を破る。
二階まであがってくる足音が聞こえ、通りすぎるまで息を殺した。
少し時間を置いて、葉山も二階にあがってくる。
その姿が見えたとき、今までの我慢が途端に弾けた。
便所から出て、気づけば葉山の襟首に掴みかかっていた。
「…っ……き、りゅう…?」
「……、なんで……ッ!」
体格はほぼ同じだが、隙をついたこともあり葉山はろくな抵抗もできず壁に背を押し付けられる。襟首を掴む手に力が入った。
もしもオレがこいつの立場なら。
支倉の傍にいつも居られるこいつの立場だったなら。
絶対、あんなこと言わない。
こんな状況であいつを責めるようなこと、絶対に言わない。
そう思うのに、続く言葉が見つからなかった。
けれどこの激情のやり場も分からず、歯を食い縛って、ただ徒に葉山をこの場に引き留めているだけ。
「……なんでお前がキレてんの?」
ほとんど力が抜けかけたオレの手を、葉山が振りほどく。
そうだ。本当はわかっているんだ。
この状況で第三者のオレが葉山を責めることも、等しく理不尽だということを。
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