うき世の楽園

237/262
9466人が本棚に入れています
本棚に追加
/1402ページ
 小鳥の歌声に、冬乃はそっと瞼を擡げる。    瞳に映る、淡い朝光に褐色の肌。触れずとも見るからに硬く鋼の如き厚い胸が、  いま冬乃の目の前で穏やかに、ゆっくりと呼吸に上下して、  冬乃の背ごと覆うように首の下から頬にかけて添えられた、硬く丸太の如き太い腕は、反して優しく温かく冬乃を包み込んで。    あまりにうっとりと。冬乃はまばたきも惜しんで、瞳に映るだけのその狭い範囲の光景に見入った。    どうしようもなく、彼のすべてを好きなのだと。この今、区切られた範囲だけでさえも。  こんなとき冬乃はよけいに実感してしまう。    まだ、  恥ずかしすぎて、彼の顔を見上げることもできていないなかで。    起きているのかどうかも分からないものの、目が合ったら最後、    (だって今度こそぜったい噴火するっ・・)    昨夜の記憶は、それほど冬乃を夢でもうつつでも、すでに楽園に閉じ込めたままで久しい。      不意に、頭の後ろを撫でられて、冬乃はどきりと肩を揺らした。    (やっぱ起きてたんだ、・・って)    冬乃も目覚めていることに、  いま冬乃の髪を梳くように撫ではじめる手の主、沖田は、まさか気づいているのだろうか。    冬乃の姿勢は沖田の胸元へ殆ど顔をうずめるかたちで、沖田から見れば俯いていて、冬乃の表情まで見えないはずで。      なのに、まるで。    「…っ」    お見通しであるかのように。    撫でる手は今一度、冬乃の髪を攫った。彼の指に梳かれて、冬乃の長い髪がさらさらと宙に舞うのを感じる。    それだけ、なのに冬乃の心の臓はとくとくと高鳴りだして、    それを分かりきっているかの悪戯な手が。    飽くことなく。      幾度も。        (総司さ・・ん)      くすりと微笑う声が落ちてきて冬乃は、もはやきゅっと目を瞑る。        「どこまですると目覚めるかな」      「・・冬乃だぬき」      腕枕の腕でさらに沖田の胸元へと、冬乃の体は次の刹那に、抱き寄せられた。
/1402ページ

最初のコメントを投稿しよう!