【 第一部 】 平成十二年夏、東京

5/10
前へ
/1405ページ
次へ
 「やっと、来れた」  雨の路地に冬乃はひとり佇んでいた。  夜のせわしい六本木からは外れた、静かな墓地の塀の前で、冬乃は手を合わせる。  長く来ることができなかったのは、たとえここに眠る人を想う心に変わりなくとも、付き合っている存在がいたため。  だが今は、そしてこれから先はずっと独りでいる。  ────つらかった。  貴方を想うのが苦しかったのです。私は何度も逃げようとした。  でも付き合った人たちを傷つけて、それだけしか残らなかった。  もう逃げません。逃げれない。どんなにがんばっても貴方以外の人を好きになれない。  苦しいけど、貴方を想っているときがいちばん幸せ。  それで十分だと、いつか思えるかもしれないから。  雨が小降りになっている。  さわさわと風が鳴っていた。  (貴方しか愛せないなら、)  冬乃は傘を下ろし、空を見上げた。  (一生貴方だけを想って生きる)  そして、いつか・・  生きているうちに逢えなくても、  いつかこの寿命を終えたとき。  沖田様、逢いにいかせてください。
/1405ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9820人が本棚に入れています
本棚に追加