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途中ですれ違う隊士達が、挨拶してくれるのへ返しながら隊士部屋の建物へと向かう。
千代の家から帰ってくる頃は空を覆いがちだった雲の隙間を、覗き始めている日差しに冬乃は目を細めた。
遠くからは、隊士たちの威勢のいい掛け声が聞こえてくる。移転に伴い増設された道場からだ。
本来ならばお経が聞こえてくるはずの、ここ西本願寺の境内で、勇ましい男達の哮え声が響いているさまに、冬乃はおもわず笑ってしまう。
「冬乃さん、」
前から近づいてきていた隊士が、つと冬乃を呼び止めた。
(ええと?)
たしか一昨日あたりに声を掛けてきた隊士の中にいた気がする。
「考えておいてくださいましたか?」
「え」
立ち止まるしかない冬乃が、戸惑って彼を見返すと、
「僕と呑みに行くことをです」
きりりとした眼差しが、冬乃を見つめてきて。
彼が眼鏡をかけていたなら、確実にフレームを人差し指で持ち上げているだろう。
冬乃の学校にいる風紀委員たちのような、どことなく潔癖な雰囲気が漂っていた。
もっとも、いきなり呑みに誘ってくる時点で、風紀委員も何もないかもしれないが。
(誰だっけ・・)
あの時、名乗られた気もするが、何人も同時だったのでよく覚えていないのだ。
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