【 第一部 】 平成十二年夏、東京

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 「またこんな遅くまで起きてるの?!」  冬乃は読んでいた歴史の本を下ろした。  隙間から廊下へ漏れていた光を無理に押し広げるように、声の主によって乱暴に戸が開けられる。  「早くそんな本しまって寝なさい!あんたはどうしていつも、私の言う事聞けないの?!」    冬乃は、戸口で腰に手を当てて立っている母親を睨んだ。  「だからなんで、あなたの命令いつも何でもかんでも聞かなきゃなんないの?!」    「また親に向かって、なんて口のきき方するのよ!あんたは養ってもらっている身なんだから、親の言う事は聞きなさい!」  「べつに悪い事してるわけじゃないし、何してたっていいでしょ・・!恩着せがましく養ってるとかお金の事も何度も言わないで!」  「そういう文句は全て自分で働いてから言ってみなさい!」  「もううるさい、出てって!」  「冬乃!!」    「私のこともう娘とも思ってないくせに、そうやっていつも母親ぶって命令して、ストレスこっちにぶつけないでくれる?!」  何度も口にしてきた台詞を、冬乃はそして繰り返していた。    「・・ほんと、よくも育ててくれた親にそういうこと言えるわよね、あんた産んで一つ手で苦労してきたのに、今になってこういう仕打ちうけるなんてね!」    「だから産んでなんて頼んだことないって言ってるでしょ!!」    叫んでから冬乃は、さすがにはっとして母を見た。    「そうね・・頼まれてなんかいない。でもね、私こそあんたを産みたいなんて願っちゃいなかったよ・・!」    「・・・」    幾度となく投げつけられてきた台詞を耳に、急速に覆い出す虚無感で冬乃の胸内がすっと冷えてゆく。    「悪かったね、産んでしまって!・・ほんと、あんたみたいな子、産まなきゃよかったよ!!」  叩きつけるように扉を閉めた母の、階下へと駆け下りてゆくスリッパの音をそして冬乃はぼんやりと聞いた。    「どうした、また何か言われたのか!」    一昨年、母が再婚した義父のその声を次には耳にして。    (来る)  急いで扉に自作の鍵を取り付けた時。  はたして、階段を勢いよく駆け上がってくる義父の乱暴な足音と、追うように「もう放っておいていいわよ!」と腹立たしげに叫んだ母の声が、隔てた扉の向こうから聞こえてきた。
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