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「さぶっ」
お客様の前なのに、うっかり声に出てしまう。
曇天を背景に、スピーカーから、濁ったクリスマスソングが流れている。「あわてんぼうのサンタクロース」だ。我がデパートながら、うらぶれている。
コインを入れると動く遊具が数台並んでおり、ポップコーンの自動販売機の前に、家族連れが一組。
屋上の中央には、小さなステージが設けられ、ゴスペルコンサートの準備が進んでいる。
スタッフが椅子を並べているが、清掃スタッフのいう中学生は見当たらない。
「あっ、あそこ」
女の子が、指を差す。ステージの横のもみの木の、頂上あたりに引っかかっている。
「ええっ、なんで」
高さは3メートルくらい。ロープでもみの木を引き起こすときに、何かの拍子で引っかかったか、例の中学生が梢に引っかけておいたのか。
リボンやプレゼントを模した飾りに紛れ、鮮やかなピンクのポシェットは、オーナメントのひとつのように見える。スタッフも気づかなかったのかもしれない。
「……なんとか取れるかもしれない」
俺は走って屋上の倉庫へ行き、ガシャガシャと騒々しい音をたてながら、脚立を持ってきた。ステージ設営スタッフが唖然とするなか、ここぞという場所に立て、登り始める。
「うわあ!がんばれ」
下からの声援を受けながら、そうっと最上段で立ち上がる。
お袋から逃げ回る幼少期を経て、身体能力は人より高い。
ポシェットにも簡単に、手が届くと思っていた。
ぐっと片足に力を入れる。ビル風が冷たく前髪を揺らす。
指先が、ポシェットの紐にかかった。
もみの木の葉に、絡まっているけれど、うまく掬い上げれば取れるはず……
指を動かしていると、紐が枝から、
するりとはずれた。
ポシェットが、桃色の涙のように、落ちていく。
「ああっ」
思わず手を伸ばす。
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