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ガタッ。
音と共に、視界が回った。
慌てて体勢を直そうとしたが、間に合わない。
落ちる!
バランスを崩した俺は、脚立の上から前のめりのまま、宙へ浮いた。
衝撃に備えて、ぐっと目を瞑る。
そのとき、
ふわん。
えもいわれぬ、濃厚な蜜の香りの中に、体が包まれた。薔薇の花びらに、埋もれたかのようだ。
背中が温かく、柔らかい。
額を長い髪がくすぐり、大きな羽音が間近で鳴った。
ばさっ、ばさっ。
恐る恐る目を開けると、眩しい光のなか、あの子達の母親の顔がすぐそばにある。
俺をキャッチした?
何が起こったのか、理解できないまま、背中と腰が屋上の床につく。
尻餅をついたような格好の俺を、彼女が覗きこんだ。
真っ白くて、大きな翼を背中に広げ、まばゆい光を放ちながら。
その姿はまさしく、天使。
彼女はポシェットを片手に微笑んだ。俺と一緒に受け止めたらしい。
「ありがとうございました。これを失くすと、大変なんです」
ポシェットから、金色に輝く輪を取り出す。
「チェルピム、こういうときは、どうするの」
女の子が、前へ進み出る。
「ありがとう」
にこっと笑うその頭上に、金の輪が載せられる。いままで黒かった髪が明るい茶色に輝き、その背に小さな翼が、ぱっと弾けるように広がった。
もう一人の女の子も、ポシェットから取り出した金環をぽいっと頭に載せ、天使の姿になる。
「私たちは、地上の贈り物を観察しに来ていました。あなたがたのご親切を、父も喜んでいます」
天使たちは、すでに中空に浮かびあがっている。
「ほとんどの人間は、私たちを覚えていることはできません。ですが、この二人は、お礼をしたいみたいです」
「お礼なんて」
こわごわ、首を振る。
『手、出して』
二人が、声を揃える。思わず手のひらを出すと、何か小石のようなものをふたつ、握らされた。
「では、お世話になりました。よいクリスマスを」
母親天使がささやいたかと思うと、俺の視界は白い羽で埋め尽くされた。
「あ、ありがとう!」
白い光のなか、俺の声だけが反響する。光は強さを増したかと思うと、遠くかすれて、消えていった。
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