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「昨日、私見てたけど、お昼ごはんも食べてないんだよ。ホームレスなんじゃないかな」
ベテランパートの松村さんは、リボンをてきぱきとレジ裏の棚に補充していく。
「丹波さんは、どこかのおもちゃ会社の社長だって言ってましたね。俺は、単に、娘から預かった孫たちとどこへ行っていいかわからなくて、とりあえずデパートに来てるんだと思いますけど」
「だったら、ごはんは食べるんじゃない? 私、明日、お弁当作ってきてあげようかな」
「タカラトミーとかの社長だったらどうするんですか」
そんな会話も長くは続かない。レジの前には、あっという間に行列ができる。時刻は18時半。ほとんどは会社帰りの父親たちだ。クリスマスまではあと一週間あるが、当日時間がない人もいるのだろう。忘年会用に、パーティーグッズを山ほど買う人もいる。
「蛍の光」が流れるまで、みっちり接客をこなし、売上を締める頃、何の気なしにゲームコーナーの前を見る。
(もういない)
帰る姿を見たことがない。夕刻の忙しさにかまけていると、いつの間にか、老人も幼女たちも姿を消しているのだった。
たとえ、彼らがホームレスだったとしても、他人の生活に首を突っ込めるほど、俺は裕福ではない。
フリーターから足を洗い、今の老舗デパートに勤めて3年目。
ちょっとは貯金もできたけど、未だに実家を抜け出せずにいる。年金生活に入った親たちに生活費を渡しているが、遅れた場合の取り立ては、極道もかくやと、思うほど厳しい。
(もしかして、借金取りから逃げてるのかも)
老人と幼女たちについて、ふとそんな想像も浮かんだ。子連れだと、無料で出入りできる場所は限られるだろう。
(深入りしない方がいいよな)
ヤミ金業者が債権者を、容赦なく追い詰めるドラマが流行ったばかりだ。
「今月分まだ?」なんて、詰め寄られるのは、お袋だけで充分。
俺はぷるぷると首を振り、閉店作業に取りかかる。
商品にグリーンのネットをかけ、レジの鍵を事務所に戻す。他の売り場はすでに、非常灯しか付いていない。出口の警備スタッフに待たせたことを詫び、静まり返った建物を後にした。
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