8人が本棚に入れています
本棚に追加
「もう僕には欲しいものもやりたいことも思いつかない。だから、僕が誕生日に日直がやり残して行った学級日誌をやっていたって、篠原さんが気にすることは無いんだよ」
そう言って、僕は篠原さんに笑いかける。
しかしやはり、篠原さんが笑みを返してくれることは無かった。
ただ潤んだ瞳を僕へと向け、もう一度、言う。
「悲しいわね」
僕はもう「悲しい時悲しいって言うのも、わがままだと思う」なんて冗談を言う気にはなれなかった。
代わりに「そうだね」と呟く。
それから重くなってしまった雰囲気を元に戻そうと、明るい声音でこう続けた。
「でも、嬉しかったよ。誕生日だって気付いてくれて。クラス全員のを覚えてるっていうのはびっくりしたけど、でもなんか今思うと篠原さんらしいね」
その時、篠原さんは何故だか顔を顰めた。
先ほどまではお互いに憎まれ口を効いてきた自覚はあったのだが、今回はそんなつもりもなかったので、「どうしたの?」と尋ねる。
「私は正直だから言うけど…...それ嘘なの」
珍しく少しためらいながら、篠原さんは言った。
僕は本当に正直な人間は初めから嘘を吐かないんじゃないか、と言いたい気持ちを一先ず呑み込んで、「なんのこと?」と聞き返す。
「だから、クラス全員の誕生日を覚えてるっていうの」
その時篠原さんは、見たことも無いくらい赤い顔をしていた。
傾き始めた西日のせいだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!