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友人は欲がない代わりに野心もない男だった。
俺はこの男は大きな不幸に陥ったり、何かに心を激しく痛めたりすることはないだろうが、人生において幸福になるということも決してないだろうと思っていた。
「それでも構わないよ」と友人は笑った。
俺はこの男のことが友として好きだった。
彼は欲がない分人に優しく、誰の意見にでも平等に耳を傾け、俺が何かにかけてうるさい男だということでまわりに疎まれていたときも彼だけはそれがどんな誇張に溢れた過去の話でも、実現の可能性が一欠片もない未来の話でも、うんうんと頷きながら聞いてくれた。あんまり頷き続けるので俺は彼の首の骨や筋肉が疲労でどうにかなってしまわないかと心配になって、ときに自分ばかり話すのをやめて、「お前はどう思うんだ」と尋ねてみたりした。
彼は世間の物事に全く興味関心がないというわけではないらしく、話題を振られると、それなりに自分が思うところを言ってみせた。しかし、俺がそれを誉めると、「こんなことはもう他の誰かが考えているよ」と謙遜してしまうので、一向に実現に向かって動こうとはしないのだった。
それで、俺が在学中に社会運動や、何かを訴えるための演劇活動に身を捧げている間は、ほとんど話すことがなくなったが、大学の構内で彼に会うと、少し嬉しい気持ちになって、挨拶の他に二言三言交わしたときには必ず最後に、「暇になったら飯に行こう」と言った。
「俺はいつでも空いてるよ」と友人は笑った。
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