1話

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「……棗、キレるぞ。」 足を止め、隣の棗を冷たく睨む。その殺気に流石の棗も言葉を詰まらせるが、それも一瞬で、次に出てきた言葉は間延びした謝罪だった。 「でもさ、なんでそんな早く帰りたいわけ?ぶっちゃけお前、家のこと考えたら彼女とか作って嫁もらわないとどうすんだよ。いくら家政婦雇っててもさ。跡継ぎ問題ってやつがあるだろーに。」 また歩き始める遼の隣にやはり並びながら、言葉を零す棗の声色が少し低い。こういうときは割と真面目に話そうとしているのだと遼が気づいたのはごく最近のことだ。 その問いに答えることはないまま、正面玄関を抜ける。正門までの道のりすらも珍しく無言でついてくる棗に小さく息を吐いて、口を開いた。 「子供は要らねえ。家も別にどうでもいい。」 「遼…。それ、当主としてどうなんだよ?あの世の親父さんに聞かれたら怒るぞー。」 「あいつから残された名誉も地位も要らない。欲しいものはもう手の中にあるし、今はそれを守る為に当主になっただけだ。」 欲しいものねえ。と呟いた棗は正門の少し前で足を止める。それに構わず正門を潜り、その先に停められた黒塗りの高級車へと乗り込んだ遼を、彼はただ眺めていた。
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