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「なんやの? 一体」
そう不機嫌そうに振り向くアイツは、やっぱりちょっと華奢で、肌が白くて。さっきの女の子より、顔だけならばかわいく見える。
って冷静に考えろよ、俺。
さっきの会ってた女の子だって可愛いし、そもそもコイツは男だし。どう考えたって女の子を優先するべきだろ、でも気づけば彼を追っていた。自分の感覚がおかしくなっているのがわかっているのに。
「なぁ、お前って男が好きなの?」
足を止めた藍谷の腕を捕らえて、そう尋ねていた。
「…………はぁ?」
思いっきり冷たい視線と、冷たい言葉が返ってくる。まあ……そりゃそうだよな。
「アホちゃうか?」
「だって、男からラブレターとかもらってんじゃん」
そのまま背を向け歩き出そうとするのを追いかけながら俺が言うと、ギクリと一瞬背中がこわばり、隙のない背中がビクンと震えた。
「…………なんで?」
なんで知っているんだよ? そう尋ねたいような不安げな表情を浮かべる。いつも偉そうで、上から目線で、そんな奴が浮かべる表情が意外過ぎて。
「…………いや、まあ、ちょっと噂を聞いてさ」
そう言うと、もっと眉をしかめた。
「俺は別にオトコなんか、好きやないし」
そう言い捨てた次の瞬間にはいつものアイツの態度になっていて、一瞬だけの揺らぐ表情は、完全に覆い隠される。
「あんたこそ、さっきのオンナの子、あれいいん?」
「…………いいの。別に何でもないから」
そう、そっけなく言うと。
「ふぅん」
もう興味はなくした、みたいな表情を浮かべ、彼はそのまま背中を向けて歩いていく。なんとなく流れでその背中を俺は追って歩き始めていた。まあ帰る方向も一緒だしな。
どちらとも、何を言うでもなく、会話もせず、そのまま寮に戻っていく。夕方のちょっと赤みのかかった太陽の光を浴びて、闇のようにつめたい瞳をまっすぐに前に向けて、何も言わずに歩く、アイツをちらっと見る。
夕方の風に、漆黒の艶やかな髪が揺れる。夕日を帯びた赤い色が長い睫毛に影を落とす。伏せがちにした黒い瞳は何を見ているのかわからなくてミステリアスだ。夕日で微かに染まるほど白い肌は髪と瞳と対照的で、思わず目が奪われる。
…………確かに、ちょっと気が迷うくらい綺麗なんだ。
ふとそう思う自分に、ゾクリ、と嫌な感覚が走った。
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