第十三章

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 そんなヴァレンタインのゴタゴタの後も、しばらくアキの携帯には電話がかかってきていた。多分はっきり言わないけど、それは綾乃さんからみたいだった。  何かあったのかな、と心配していたのだけど、精神的に不安定だったアキは二月の終わり頃には、だいぶ落ち着いていた。そして普段みたいに、なんでもないことのようにぽつりと、俺に言う。 「あんな、綾乃さん、離婚するんやって……」  他人事みたいに言っているけど、それはアキの実家の話だ。 「え?」  思わず俺がびっくりすると、アキがくすりと笑う。 「あんな、あの人、ずっと俺の親父に放っておかれたやろ? ずっと苦しくて、しんどくてってのは、見てて俺もわかってたんやけど、どうしようもなくて」  そしてその辛さを、ゆがんだ形でアキにぶつけた人だ、あの人は。思っていても言葉にすることができなくて、でも、きっとそんな風に俺が思っている事にも、アキは気づいていて、ふっと小さく笑う。 「俺はええんやけどな、まあ、それで……」  頬杖をついてアキが淡々と話す。 「こないだのお正月の事があったやんか?」  こくり、と頷く。頭の中に、アキの継母とその幼馴染が見せた、何だかオトナのキスシーンが浮かんだ。 「結局な、あの幼馴染って奴な、ずっと、あの人の事好きやったんやって……」  アキの父親との結婚式で睨みつけてたって言うから、そのころからずっと、今まで彼女の事が好きだったんだろうか……。 「そんでな、あの人、結婚してからずっと、幸せ違うやんか……」  アキの言葉に、あの、アキの実のお母さんの写真だらけの部屋と、アキのお母さんの話ばかりする、アキの父親が脳裏に描かれる。 「それがどうしても許せないって、幼馴染の人が、そない言わはって……ずっとずっと、熱心に口説かれているうちに、今の自分は、やっぱり幸せじゃないんじゃないかって、ちゃんと幸せになるために努力した方がいいんじゃないかって、……そんな風に思いはったんやって……」  ふぅっとため息を一つつく。まあ、これがアキの継母の話でなければ、そしてあの家を知っていたら、綾乃さんが離婚しようとすることは、まったくもって正しいと思う、と即答できたけど。 「まあ、離婚して、即その人と、どうこうとは思ってないみたいやけどな?」  まあ、あの人もあんまり強い人ちゃうから、それがなかったら動けなかったかもしれんけど、とアキが苦笑する。 「……アキは、どう思っているの?」  そう尋ねると、アキは淡々と答える。 「まあ、ええんちゃう、とは思うけどな……」  ゆっくりと髪をかきあげて俺の顔を見上げた。 「前から言ってるけど、一番悪いのは親父やし……」  一瞬視線が鋭く光る。 「あの親父の傍に居たら、絶対に不幸になるばっかりやし……逃げられるなら、逃げた方がええと思うで」  そう言って、アキは深い、深いため息をついたのだった……。
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