第十三章

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 寮に戻ると、俺は自分の部屋に戻ってアキの姿を探すけど、部屋には居なくて、そのまま部屋を出て、隣の部屋の奴に声を掛けた。 「アキ、しらない?」 「なんか、知らねぇけど、実家に帰るって、慌てて出て行ったぞ?」  そう言われて思わず眉をしかめる。実家にはもう戻らない、そう言ってたアキが、急に実家に帰るなんて……。  俺はそのまま寮母さんのところまで言って、寮母さんを捕まえる。 「アキ、実家に帰ったんですか?」 「そうよ、これ藍谷君が書いていったやつ」  そう言って、外泊申請書を見せてくれる。  そこには、実家に帰省すると書かれていて、ふと、その受付時間が、九時頃なのに気づいて、小さく息を飲む。  俺がちょうど出かけた頃の時間だ。アキが電話をしていて、その電話の後に、帰省するって急に決めたんだ。まあ、実家に帰っただけなら心配しなくてもいいか。一瞬そう思って、部屋に戻る。  なんか力が抜けたみたいに自分の席に座り、なんとなく机の上を見ると、そこには封筒が一つおいてあって、『預かっておいて』って封筒に書かれている文字は、几帳面で丁寧な……アキの筆跡だった。  膨らんでいるそれを手にとって、封筒をひっくり返すと、カチリと小さな金属音を立てて、鍵が2つ落ちてくる。  その鍵のホルダーに見覚えがあって、らしくない可愛らしいキャラクターが付いている。それはアキが実家に帰った時に使っていた、彼の実家の家の鍵だ。 「……」  そのことにゾクリとするような違和感を感じる。実家に帰ったのに、実家の鍵を俺に預ける? そして、アキが『実家には二度と帰らない』と言ったセリフを思い出す。  あのアキが、自分から実家に帰る? ……それにはなんか、すごく嫌な予感と違和感があって、慌ててアキの携帯電話を鳴らしてみると、ワンコールもしないで電話が留守番電話につながった。  ふと思いついて、以前家に泊まりに来た時に聞いた、アキの継母の携帯電話番号を鳴らしてみる。こちらもしばらくコールして、留守番電話につながってしまう。  なんだか居てもたっても居られなくて、俺は手頃なバッグに着替えを詰め込む。サイフの中身を確認して、そのまま制服のまま寮の部屋を出た。 「スミマセン、ちょっと実家から呼び出しくらいました」  そう寮母さんに言って、外泊許可証を書く。気のせいなら気のせいでいいよ。まあ、一人で京都観光も悪くないし……。  アキに『ほんま、慶は阿呆やな……』そう言われて、情けなく笑って頷く。それだっていい。  アキが普段通り、俺に毒づいてくれたらそれでホッとするから……。俺の思い違いであってくれたらいい。俺の早とちりであってくれたら……それが一番いい。  自分に言い聞かせながらも、じわじわと口の中の水分を吸い上げていくような不安と焦燥感に、のどがカラカラになっていく。  脳の片隅で何かが警戒警報を鳴らす。  ドクンドクンと、心臓が嫌な音を立てて全身に血液を送る。思わず緩い吐き気に喉を抑える。  落ち着くために数回深呼吸をすると、俺はその焦燥感に追い立てられるように、寮を飛び出していった。
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