第十二章

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 翌朝、少しだけ熱の下がったアキは、俺たちの夜の活躍なんて何一つ知らなくて、ほとんど寝てなくて朝起きられなかった俺を、呆れたように起こす。 「慶……ええ加減起きや……」  アキに、ゆらゆらとゆすぶられてようやく目が覚める。 「あれ、アキ、熱は?」  半分寝ぼけながら尋ねると、彼はふぅっといつも通り少し冷たい冷笑を浮かべる。 「んなの、とっくに下がったわ……」  そう言って肩をすくめる。けれどアキが普段通りだから、ふと昨日の事が頭をかすめて、かぁっと熱が上がる。 「……慶? どないしたん」  そんな俺を不審げな顔で見て、手を伸ばしてくる。そしてアキはそっと、額に手を乗せる。  うっわ、顔近い。アキが長い睫を揺らして、ゆっくりと瞬きをする。少し首をかしげて、手を避けて、そのまま顔を寄せた。 「………な……?」  思わず声が漏れてしまう。そのままアキは俺の額に直接額を乗せる。思いっきり至近距離で視線が絡む。  ち、近すぎ、近すぎだって……ちょっと角度変えたら……キスできてしまう。  昨日の余韻に、指先に力が入り、思わず身体が反応しそうになった。俺、昨日、お前の事、妄想で………って、頭で考えたら、気が狂いそうになる。  暴れだしたいようなむず痒い数秒が過ぎて。ゆっくりとアキが顔を起こす。 「……慶、熱あるんちゃう?」 「……へ?」 思わず間抜けな声が出る。 「俺の風邪、うつしてもうたかな……」  アキがポツリと言葉を零す。 「ま、アホやから、大した風邪にはならんやろけど」  いつも通り冷たい一言を付け加えて、でも彼の言葉で、一瞬、頭の中に昨日の光景がフラッシュバックする。  俺、風邪うつるような事……しちゃったよな。……多分一杯……。そう思いだした瞬間に頭痛がし始める。 「………った~」  思わず顔をしかめると、 「多分うつしてもうたんやわ。………ごめんやで。昨夜、色々………」 首をかしげて俺の顔を覗き込み、途中で意味ありげに言葉を止める。 「……慶に、色々……」 くすりと、アキが笑う。その笑みは気のせいか、ひどく色っぽくて。小悪魔みたいな、魅惑的な笑みで。 「……お世話してもろたからやわ……」  アキの言葉に、ゾクリ、と全身が甘く総毛立つ。アキの声音は、昨日の夜の『もっと、ほしい……』って言っていたあの蕩けるような甘い声と同じトーンで、って……昨日の事、アキ、全部覚えている?   思わずがばっと身を起こすと。朝の眩しくて清らかな光の中、ふんわりと、どこか泣きたくなるほど優しい笑みをアキが浮かべていた。 「……ほんま、おおきに」  朝日に溶けるように、柔らかく囁く。そっと一瞬、優しく俺の頬に触れて、俺を寝かしつけるように布団にそっと押しつける。 「……ほんま、慶はアホやから……」  うつむき加減に言うその台詞は、今まで聞いたより、どこかずっと甘い声みたいに思えてしまうのは、俺の頭が熱に侵されているからだろうか? 「……先生には風邪って伝えておくわ。ちゃんと寝とき……」  向こうを向いたまま、アキはそうつぶやいて、それから、静かにゆっくりと、部屋を出て行った。7b53cb2e-a231-4384-ae86-3749686e35a1  俺は、スッキリと背筋の伸びた凛とした後ろ姿を見ながら、あれこれ逡巡する。  アキは昨日のことを覚えているのか、いないのか。それで覚えてたら、それをどう思っているのだろうかと、ドンドン上がる熱の中、頭がぐるぐるになりながら、馬鹿みたいに必死になって考えていた。
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