第十三章

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『こっち………』  そう人形に導かれるように、廊下を小走りに歩く。  その声に、壁と一体化しているようになっていて、わかりにくくなっていた隠し扉に気づく。  その扉には小さな鍵が掛けられていて、俺はためらうこと無く、もう一つの鍵を手にとって、その鍵を回す。  カチャリと音を立てて鍵が開き、扉が開かれる。その先に地下に降りる階段を見つけ、一瞬、眉を顰める。嫌な予感がするけれど、それでも俺の足取りは止まらない。  じゅうたんの引いてある階段を、そっとそのまま降りていく。何か……生理的に嫌な匂いがするような気がして、俺は腹の底からムカムカする感じが上がる。  ドクン、ドクン……と嫌な動悸が胸を打つ。  階段を降りきった先には、もう一つ扉があって、俺は一瞬息を飲み、肩に掛けてある竹刀バックを確認した。するりと竹刀を引き出して、それからゆっくりと、ドアノブに手を掛け一気に扉を開いた。  開けた瞬間、先程から仄かにしていたイヤな匂いをはっきりと鼻腔がとらえた。  それは、何か嗅いだことのない匂いだ。だけど、なんとも言えないイヤな匂いだと思った。後からアキに聞いて知ったけれど、それは、ドーサ引きと言って、膠とミョウバンを合わせた物を、日本画を描く時に筆がにじまないように和紙に塗るための液体の匂いらしい。  その匂いに眉をしかめ、思いがけず眩しい光に目がなれるまで、一瞬の間があって、それから、ゆっくりと視界が晴れてくる。  そこに居たのは……。  最初は大きな蝶が蜘蛛の巣に囚われているみたいに見えた。  力なく足掻く蝶の、なまめかしい紅い羽根が、ゆらゆら揺れている。  次の瞬間、状況を判断する前に声にならない悲鳴を上げながら、俺は本能的に部屋へ駆け込んでいた。  目に飛び込んできたのは、紅い古風な着物を着たアキだ。  ゆらりゆらり、と揺れているように見えたのは、肘のあたりから、釣り上げられるように捉えられた腕の下で揺れる振り袖だ。男がその肘を捉えている。  俺は目の前の光景を理解するより先に、こちら側にアキを引っ張っていた。アキの両肘を掴んで押し倒すようにのしかかっていた男を引き剥がす。  瞬間、ぬらりと光る屹立したものが、目の端に見えた気がしたけど、それは全力で脳内から消し去った。そうでないと、このままこの男を殺してしまいそうだ……。 「何を………」  突然の乱入者に行為を止められて、状況が理解出来てないのであろう男の視線を見ないようにして、俺は半ば呆然としたまま、本能で男の喉元に竹刀の先を突きつける。 「そういうお前こそ、何してんだよ、自分の息子に!」571b9321-d0d2-4ba5-aaea-53b7e3b6f80e
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