【番外編2】月は東に日は西に

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その甘い熱に浮かされたように、 「……あき」 気づけば世界で一番甘美な響きを持つ言葉が 次々と自らの唇から零れ落ちる。 そっと触れていただけの指先が、 いつしか強く自らと彼との距離をもっと近く。 胸の鼓動が伝わるほど近くまで近づけさせようとする。 そっと艶やかな髪に触れて、 衝動のまま、焦がれて震える指先で、 そっと掻きあげて、 夜の影を落とす額にそっと口づけを落とす。 一瞬、アキが瞳を細め、 小さく身震いをする。 はっと、気づいて、 その耳元で、 「……怖くない?」 と出来得る限りの柔らかい声で尋ねる。 もっと、欲しい。 全部手に入れたい………。 でも、一番欲しいのは、アキの心だから。 aa29316d-90e5-4126-8eb8-940fc32d7c8b 一瞬俺の瞳を捉えるアキの瞳は、 夜露に濡れたように、やわらかな光を放つ。 彼の瞳の中には、どこか不安そうな自分が映っている。 だけど、こんなに幸せそうな顔をした男を、 俺は見たこと無い……。 すべてを包み込むような温かい夜の帳に満たされて、 とくん、とくんと、甘い鼓動が熱を上げていく。 ふとアキがふわりと唇をほころばせ、 温かい笑みをこぼす。 ……それが何よりも嬉しくて。 心臓が甘く暖かい血流を送り出す。 「……ぅん……大丈夫……」 少しだけ緊張しているような、 そのくせ優しさを含んだ声が聞こえて、 俺は心のそこからほっとする。 俺の腕の中で アキが穏やかで優しい表情をする瞬間。 嬉しくてたまらなくて、思わず笑みが零れ落ちる。 とくとくと、速度を早めながら、 甘い鼓動が加速を始める。 苦しいのに、たまらなく心地よくて。 圧倒的な幸福感の中で、 完全に息の根を止められてしまいそうだ。 「あき………」 この世の中で一番愛おしいものを呼ぶ特別な声で、 甘美なる彼の名を呼ぶ。 名前を呼ぶだけで、心が暖かくなる。 とろとろに甘くて、ふわふわに暖かくて……蕩けてしまいそうだ。 抗わないその唇に、視線を落として、 そっとその唇に、自らのそれを寄せる。 触れた瞬間、気が狂いそうなほどの痛みを胸に感じる。 甘くて、痛い。 温かい血液が身を浸していく。 気づけば苦しいのに、 嬉しくてたまらなくて、呼吸が乱れる。 呼吸が苦しくても、 その唇から離れることが出来なくて。 心のなかで、 なんども、なんどでも、 アキ……あき……アキ……と 愛おしい言葉を繰り返している。 とくん……と甘く響く鼓動と、 温かい血流が脳と胸を満たす。 じわり、と心が暖かくなる。 自然と笑みがこぼれてしまう。 なのに、微かに涙が浮く。 苦しいのに、幸せで。 何よりも。 ……アキが、愛おしい。
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