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「ヨーク!」
姫が俺に駆け寄ろうとし、医師が「姫まだ安静にしておいてくだされ!」と止めた。
「あなたにお礼を言いたくて。さっきは気が動転していて言えなかったから。私を守ってくれてありがとう」
「滅相もございません」
珍しく素直な態度の姫に跪きながら、気が付けば無意識に剣を鞘に納めていた。
「ヨークにこれを」
姫が差し出したのは俺が彼女の腕に巻いたハンカチだった。綺麗に畳まれたそれを俺に渡すと医師に連れられ部屋を後にする。それと入れ替わりにセルゲイの側近達がぞろぞろと集まり、俺は千載一遇の機会を逸した。
「先ほどなにか言いかけたようだが?」
セルゲイが不審そうに尋ねる。誤摩化す答えを探した。
「……姫の面会はまだ続けるのでしょうか? こんなことがあった後ですから姫のお心も心配です」
「それは……姫次第だな」
セルゲイは姫の出て行った扉を見ながら笑った。
部屋に戻った俺は剥ぎ取った防具と剣を床に叩きつけ、固いベッドに身を投げた。天井を見上げる。なぜ、剣を納めた? 目を閉じ、自問する。姫が現れたところでセルゲイの首をはねるにはなんの障害にもならなかったはずだ。あの二度とない機会をどうして俺は棒に振ったのだ。
「まさか」頭に浮かんだ可能性をすぐさま否定し、ごろりと寝返りを打つ。目を開けると姫から返却されたハンカチが写った。ぼんやりとそれを眺めているうちに、なにか書かれていることに気付いた。ベッドから手を伸ばし拾い上げる。白いハンカチにインクで書かれた文字は酷く滲んでいたがなんとか読むことができた。
「コンヤ、エッケンデ」今夜、謁見で。姫が書いたもののようだった。
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