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俺の雇い主であるロレンチーニ商会は表向きは嗜好品の貿易会社だが、裏では戦争状態の二国に武器を提供しているいわゆる死の商人だ。一代で富を築いたセルゲイ=ロレンチーニは元は貧しい家の出身であるため貴族への憧憬が尽きない。自らの屋敷をまるで王城のような造りにし、また自分の娘を「姫」と呼ばせる。俺がセルゲイの自室に呼ばれたのは姫が成人するひと月前のことだった。
「そこに掛けなさい」
屋敷の最上階の彼の部屋に灯りはついていなかった。大きな窓から差し込む月明かりに照らされたセルゲイの影が俺を出迎える。片手に酒の入ったグラスを持っているようで、氷がカランと音を立てた。
俺は彼の目を気にしながら周囲をうかがい、室内に二人きりであることを確認すると椅子に掛けた。姫の護衛係として雇われて三年、この部屋に入ったのは初めてのことだった。
「そんなに緊張するな。悪い話じゃない」
セルゲイが円卓にグラスを置き、さっと手をかざすと壁に備え付けられたランプが一斉に灯った。魔力によるものなのか、彼は俺が驚くのを楽しんでいるようにも見えた。
明るくなった部屋の中を目だけを動かして観察する。高級そうな調度品に紛れてなにに使うのか分からないものがいくつかある。いつ敵に狙われるか分からないと常に鎧を身に着けているセルゲイも今はローブを纏っているのみだ。今なら彼を暗殺することが出来るのではないか? 想像してみるが用心深い彼がこの部屋になんの仕掛けもしていないはずがない。俺はすぐに甘い考えを捨てた。
「用事というのは姫のことだ」
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