暗殺者

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 その男が現れたのは五回目の婿選びの中盤だった。すでに十人の面会をしていた姫が一旦集中力を欠く時間帯だ。飽きてきた素振りを見せる姫に対し、入室してきた男を見て俺の身は引き締まった。一見すると人の良さそうな小柄な男だったが、足の運び方や無駄のない身のこなしなどは暗殺者の類いのそれに思えた。無意識に俺は腰に差した剣の存在を確認する。 「私は各地方を巡業する旅芸人に属しておりまして、本日は姫君に私の手品をお見せしたいと思います」  男が首に巻いていたスカーフを外し手にかざすとそこには赤い花が現れた。次々と披露される男の技術と話術に、退屈気味だった姫も身を乗り出すようになった。 「次にお見せするのはカードを使った手品であります。少々近付いてもよろしいでしょうか?」 「だめだ。その場でやってくれ」 「そう言われましてもこの距離では姫君のお楽しみが半減してしまいます。せめてもう十歩、お許し頂けないでしょうか?」  男が跪いた。乞うような姫の視線を感じる。もしもこの男が暗殺者だとすればその十歩が奴の間合いなのだろう。十歩近づいてもまだだいぶ距離があるように見えるがよほど身軽さに自信があるのか。入り口で身体検査はしていたが、この男ならどこになにを仕込んでいても不思議ではない。 「ヨーク、私からもお願い」  姫が手を合わせる。俺は溜め息をついた。 「五歩だ。それ以上近づいたら即座に斬る」  二人から同時に感謝の言葉を送られつつ、俺は剣の柄に手を置いた。男は言われた通りに五歩進みその場で手品を始めた。姫もそれを食い入るように見つめる。何事も起こらず時が過ぎ、杞憂だったことに胸を撫で下ろしかける。奴が俺のその一瞬の気の緩みを狙っていたことに気が付いた時にはすでに遅かった。
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