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「ずうっと続く小さな幸せと、一度きりの大きな幸せ。どっちがいい?」
風が吹いていた。
北から南へ。ぷくぷくに着込んできたはずの上着たちを透かして、冷たい空気が腕の間を通り抜けていく。
そう、こんな感じ。確かにこんな感じだった。
草むらの匂い。開けた視界。どこまでも広がっていく世界。世界とはこういうものだった。
久々の凍てつく空気。呼吸をするたびに体の中がむずむずしてくしゃみが出た。そんなことも当たり前の、当たり前で。
〝ねえ、しおりちゃん。私、もしかしたら……〟
ごめんね。ごめんなさい。わたし、今から会いにいくから。
わたしは鼻をこすると、ステップを踏みながら先を歩くシンちゃんに答えた。
「……何? その変な質問。迷っちゃう……場合にもよるのかも。例えば?」
「じゃあねえ、今後一生タンスの角に小指をぶつけない人生を送るか、今一万円もらえるか。どっちかだったら?」
「一万円」
即答するわたしにシンちゃんは笑った。「現金!」と言って、境内の階段を滑るように降りていく。わたしはその軽やかな、ダンスのような足取りについていくのがやっとで必死に追いかけていく。
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