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「司?」
薫に呼ばれても、私はすぐに返事が出来なかった。目の前にいるその子から視線を離せないでいた。
四月も中旬を迎えて、桜の花が散り始めた頃。春風が吹き、私の髪を揺らす。まだ数週間しか着てない制服のスカートが、風と戯れる。
「司?」
返事をしない私を心配したのか、尊兄が後ろから近付いてくる。草木を踏む音が、耳の中に入ってはすぐに抜けていく。尊兄が私と同じように屈んだのか、白衣が目の端に映る。
「あ……」
尊兄が私の視線の先にあるものを見付けたのか、驚きの声を上げた。そして、尊兄も黙ってしまう。
「何してんの?」
私だけでなく、尊兄までも動かなくなり、薫の問いかけに返事をしない。痺れを切らしたのか、乱暴に草木を踏む音がする。その音に反応して、その子はビクリと身体を震わせた。
何かが近付いてくる!
と危険を察知したのか、その子は眉間に深いしわを刻み、尖った牙を剥き出しにする。
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