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「ちょっと、薫!」
「え、俺!?」
私が怒ると、薫はすぐに足を止めた。でも、その子はすぐに気持ちを落ち着けてくれなくて、毛を逆立てる。
春風が吹き、私とその子の間に桜の花びらが舞い落ちた。それを見て、私は微笑を零した。
「大丈夫だよ」
優しく声をかけると、その子は目を丸くする。逆立っていた毛はゆっくりと鎮まり、元のキレイな毛並みに戻った。剥き出していた牙も見えなくなった。
私とその子の間を、桜の花びらがヒラヒラと舞い散る。
「大丈夫」
もう一度同じ言葉をかけてあげると、その子から警戒心が解けたのがわかる。
「コイツ……」
薫が私と尊兄の間から顔を覗かせて、息を飲む音がした。その音に反応したのか、その子は大きな身体を小さくさせて、震える。白と灰色の毛が小刻みに揺れて、私達人間だけでなく、桜の花びらすら寄せ付けない。
その子の瞳には、怒りと悲しみが入り混じっていた。真っすぐに見つめるその眼に映る私は、安心させようと一生懸命に笑っていた。
(薫や尊兄以外に見せるのは、いつ振りだろ?)
「オオカミ……?」
疑問の声が耳の奥で響く――
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