新人研修・本番

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昨日ほぼ寝ていたので身体は休まったが、気持ち的には予防接種の順番待ちをしてるくらいに落ち着かない。 「どうしたの?午前中ちょっと出るだけなんでしょう、そんな顔してるとイナリも怖がるよ」 呑気にイナリ達を抱っこして玄関まで見送ってくれる母だが、あの研修に関しては社長がネチネチと言ってきたので、評価が悪いと個別で訓練される予感もする。 「研修で上手くいかなかったから……」 珍しくドラム缶にまで弱気な言葉が零れると、遅れて玄関に来た瑠里は、もうキャラに成りきって先輩面をしている。 「茜よ……新人がすんなりワシらの(いき)に到達すると思うな!楽な道はない、失敗を積み重ねてこそ身となり骨となるのじゃ」 「そうでございまさぁダンナぁ、あっしもね、すぐにおかっぴきになれた訳じゃありませんぜ」 「……キャラ合ってないんだけど」 一人は忍者探偵Ⅹでもう一人は時代劇の登場人物だと思われるが、ノリだけで急に共演されても、そんなアホ芝居には参加できない。 「意外と余計な事心配するんだよね、いつもの太々(ふてぶて)しさと開き直りをバネに行っておいで」 「そうだよ、般若は毅然(きぜん)と振舞ってナンボだよ」 「……なんか腹立つんだけど」 最終的に金がつくなら働いて来いと追い出すように背中を押され、階段を下りても職場に行くか確認するようにこちらを見ている。 「まだ見てるよ……イナリ達を抱えたままだし、寒いのに迷惑だよね」 「貧しい家庭だと仕事の愚痴さえ言えないよ『辞めんなよオーラ』すぐ出すんだもん」 ブツブツと文句を言いながら歩いていると、不思議とさっきまでの胃の痛くなる気分が、晴れているから恐ろしい。 なんやかんやで木村さんみたいに、私達を動かすツボを押さえてるのかもしれない……というか、こちらが本家と言ってもいい。 受付に着く頃にはどうにでもなれという気持ちで挨拶し、着替えを済ませ部屋に入ると、社長が白いレースのエプロンをつけ、お菓子を並べていたのですぐに回れ右をして出ようとした。 「ちょ、ちょっとどうしたの?お疲れ様ぁ、もう来るからコーヒーとお菓子でも摘まんで待ってていいよ」 思わず瑠里と目を合わせたが、もう座るしかなさそうなので強張った顔で椅子に腰をかけた。
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