旦那様はおっしゃいました。

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旦那様はおっしゃいました。

 江戸の町から僅かに離れた場所にもお正月は来ます。だからと言って、平等に来るわけではありません。    雪の降る夜のことでした。  小さな村の百姓だったおっとさんは、年を越さずに死にました。おっかさんは養うことができないと私を捨てました。私は行くところも無く、宛がないまま明るい町に行きました。  町が明るいからといって、私が幸せになれる訳ではありませんでした。私は酒屋の裏道の、物影の隅っこで縮こまることしかできませんでした。  そんな私と旦那様は、出逢ったのです。  旦那様が18歳、私が8歳の頃でした。  たまたま通りかかった旦那様は少しお酒が入って居られました。そして私に気付かれ、足をお止めになりました。  私はとても貧相に見えたかもしれません。可哀想に見えたかもしれません。それでも私みたいな、親なし子は珍しくはありません。食べ物もなく、幕府に(村に)収める年貢もなく、仕方なく子を手放す親は多かったのです。だから旦那様との出逢いは、運命のようなものでした。  旦那様は私に幾つか尋ねられ暫く頭をうな垂れた後、そっと懐からお餅を出されました。  私は、夢中でそれを貪ります。少々お行儀が悪かったのですが、お腹が空いていたのでそんな事に構ってられませんでした。旦那様はそんな私を優しそうに見守られ、そしておっしゃったのです。 「そのお餅は、兄上様から毎年家族のしるしとして頂くお年玉だ。だからそれを食べたら我が家族だ。丁度小間使いがやめてね、家で働くかい?」  わたしは旦那様に手をひかれ、立派な瓦葺きの門のある大きなお屋敷に連れて行かれました。この方が直参のお旗本である山内様の次男様だと分かったのは随分たってからのことです。  
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