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一番陽のあたる客間に芳子様は上がられ、私は田中屋の餅菓子とお茶を用意し持って行きました。
僅かばかり緊張しているのは、こんなこと思ってはいけないのですが、少し芳子様が苦手なのです。
お二人が言い争いをされている声が襖の奥から聞こえ、私の緊張は高まります。入り難いなと思いながらも意を決して襖を開けました。
幼少の頃、ここに引き取られてから躾けられた作法はすっかり身についていましたが手が震えていました。
開けて直ぐに、荒々しく旦那様が立ち上がられたのが気配で分かり、私は思わず身体を起しました。
「まだ私は身を固めるつもりはありませんし、兄上はまだご存命であられます。縁起でもない。跡目の話などしないで下さい」
「なにを暢気な事をいうのです。吉隆どのはもう動ける身体ではありません。竹一は7つ。頭首には早すぎます。だからあなたが藤原家と縁をを結び…」
「止めて下さい。もう母上と話すことはありません。お帰りください」
旦那様は怖いお顔をしてそういい残すと、私を横切り部屋から出て行かれました。
「これ待ちなさい!」
必死の芳子様の引きとめも無駄に終わり、何ともいえない空気が流れます。
困ったことにこの部屋で芳子様と二人きりになりました。一番避けたかったことです。どうも私は芳子様にあまり好かれていないのです。
気まずい雰囲気に包まれ、そのまま部屋を後にしようと頭を下げた時です。
芳子様が私に話しかけられたのです。
「お小枝。頭を上げなさい」
私の顔を見て、ふっと口角を上げられ言われました。「使いを頼まれてくれないか。これを小間物屋の店主に届けて欲しい。私もすっかり足腰が弱くなって、新しい小物を手にとって愉しみたいのに店に行けなくてね、困ったものだ」と、言いながら懐から文を出し渡されました。
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