慕情の花

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 雨はすっかり上がっています。  私は芳子様のお言い付け通り小間物屋に行きました。その店は良く知っています。綺麗な小花の絵柄のついた櫛が、最近流行っていて、そこの店の櫛はとても人気があったのです。私にはどこか敷居が高く、なかなか訪れる機会はなかったので、こんな機会がないと行けません。だから心が弾んでいました。 「ごめんください」  小さな店構えではありましたが、足を踏み入れてすぐ目の前に広げられた櫛やかんざしは立派なもので、私はたちまち釘付けになりました。  時間帯が良かったのかお客はいません。奥から店主が来ます。店主は柔和な顔で物腰の柔らかそうな、気の良い若い男です。 「いらっしゃいまし」  心が読めない笑顔だと思いました。私は男に近づき、懐から取り出した文を渡しました。男は顔色ひとつ変えることなく、まるで流行の櫛の代金を受取るかのようにそれを手の中に収めます。 それがどうも気持ちが悪く、流行の櫛を少し拝見しようと思っていたのですが、それよりも早くここから退散しなくてはと思ったのです。私は軽く会釈をしただけで何も見ずに店を後にしました。
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