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その日は、旦那様は本家のお兄様のお見舞いに行かれていました。床に臥せっている兄上様にこうやって時々暇を見つけられては足をお運びになるのです。二人の血は半分しか繋がっていませんが、とても馬が合うのでしょう。私はここに来た時からしか存じませんが、もう既にお二人は中睦まじくあられました。
夕方になって本家から戻られた旦那様は、私をお呼びになりました。私はお台所で、女中の妙さんと夕餉の仕度の最中でしたが、旦那様の呼び出しに手を止めて、西の奥の間に行きました。
「お呼びですか、旦那様」
旦那様は木枠に座られ、外を眺めて居られました。今の時期は、麒麟草が黄色い花をつけて咲いています。夕焼けの色に染まり、僅かばかりくすんではいましたが、ゆっくり時を刻む様子が愛おしくもありました。
旦那様はこちらを向かれます。
「お小枝、お前は小間物屋の宗助さんを知っているか」
名前は存じませんでしたが、小間物屋の店主のことだろうと思いました。
「はい。先日、芳子様から使いを頼まれまして、一度お会いしました」
「…そうか」
夕日が旦那様の背中を照らし表情を隠しましたが、何かを考えられているご様子だと思いました。暫くして、口を開かれました。
「実は、小間物屋の宗助さんが、お前を嫁に欲しいといって来てな。そうか…お前ももう15になるんだな…」
そうおっしゃって旦那様は口をつぐみました。そして、下がっていいとまた外を眺められたのです。
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