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(なごみ語り)
「なごみさん?」
「……………………ごめん。大野君の気持ちには応えられない。」
長い間の後、やっと言えたのはその一言だった。
そして、何故か泣きそうになり、目に涙が溜まる。湧き出てくる感情の意味がよく分からず、ただ戸惑うばかりだった。
大野君と僕は会社の同僚だ。人懐っこく手がかかる後輩で、プロジェクトが同じで、それだけの筈だ。
涙で庭園が霞んで見えた。
「……なんで、断っておいてそっちが泣くんですか。男のくせに泣き虫ですね。前から知ってましたけど。ほら。」
大野君が隣に座っている僕を引き寄せて、頭をくしゃくしゃと撫でた。
ジャンバーの間に見える白い調理服に僕の涙が滲んで、シミを作っていく。
僕より大きい背中は心地がよかった。
「あの……もうしつこくしませんから、こうやって今まで通り先輩後輩の関係でいて下さい。
すぐには無理だけど、忘れようと努力します。だから、警戒しないでくださいね。俺、なごみさんを頼りますから、今まで通り助けてください。もう泣かないで。こっちだって泣きたいんスから……」
「……………」
大野君の肩に抱かれ、頷きながら気付いていた。
僕への気持ちを忘れてほしくなんかない。
僕は大野君に愛されたいと思っている。
そして、僕の気持ちは渉君ではなく、はっきりと大野君へ向いていた。
随分前から気付かないフリをして避けて通ってきたけど、いつも大野君が回り込んで正面から気持ちを伝えてくれた。何をしても、僕をありのままで受け止めてくれた。
頭の中に渉君の笑顔が浮かび、涙が止まらなくなる。今日も実家へ帰ると嘘をついてここにいる。
罪悪感に苛まれ、渉君ごめんなさいと何度も心の中で謝った。
ごめんなさい。僕は大野君が好きだ。
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