渉君

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(なごみ語り) 「洋ちゃん、諒君と別れたって聞いたから、元気にしてるか心配だった。」 渉君は僕の体をゆっくり触って確認する。 「体がガチガチ。緊張を解いていくからね。肩も腰も最悪だよ。僕が見ないうちにこんなにまで酷くなるなんて。」 上衣を脱いで、うつ伏せになった。 渉君は黙々と鍼を打ち始める。渉君の鍼は細いのでほとんど痛みは感じない。刺している時間もほんの一瞬だ。鍼灸師の彼は惚れ惚れするくらい真剣な顔になる。 「洋ちゃんは、僕に諒君のこと聞かないの?どうしてるか気にならない?諒君は今でも時々来るんだよ。」 「…………」 「あのね、諒君は……」 「聞きたくない。諒が今何してようと僕には関係ないから。」 本当は凄く気になっていた。 だけど、聞いたら想像して会いたくなって泣くのは目に見えている。もう、めそめそ泣くのは嫌だった。 「ごめん。聞きたくないよね。」 「うん……」 「前の恋を忘れるには新しい恋だと思うんだ。」 渉君が僕の背中をつうーっと撫でて、順々に鍼を打っていく。 「洋ちゃんはいい人居ないかな。もしだったら誰か紹介するけど……」 生きていくので精一杯だこら、新しい恋をする気分にもなれなかった。 「いないし、いらない。」 渉君の手が止まる。 「じゃあ、僕と付き合わない?」 「渉君と?うーん……今は恋愛自体を遠慮したいんだ。」 渉君は、友達で体のメンテナンスをしてくれる先生だから恋人とは違う。全く別の次元の存在だ。 「正直に言うと、こんな身体の洋ちゃんをほっとけないんだ。次の恋が見つかるまででいいから、僕が洋ちゃんの面倒みさせて。ね?いいでしょ?美味しいご飯食べて、気持ちいいセックスしよう。僕は後腐れないよ。」 「セックスはいいや。今ボロボロだし。それに渉君もネコじゃん。」 「僕はどっちでもいけるから大丈夫。洋ちゃんがしたくなったらしよう。決まり。しばらく僕が洋ちゃんの保護者になる。」 「保護者って。僕は24才だよ。面白いこと言い出すよね。ふふふ。」 「いいの。物は試し。彼氏がいらないなら、保護者ぐらい囲っておいてよ。」 こうして、渉君に半分押し切られる形で奇妙な関係が始まった。
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