316人が本棚に入れています
本棚に追加
(なごみ語り)
で、来てしまった………
勢いに任せて大野君が居る支店の側までやってきてしまった。通りの向こうには、支店の1階にあるショールームが見える。僕は対角線上にあるビルの入り口から覗いていた。
大野君がこちらに帰ってきて、僕に連絡が無かったことが全てを物語っていると思った。
本社を選ばなかったことも同じで、彼は僕と関わらない道を選んだ。
とうの昔に嫌われていたのかもしれない。
3年間の僕なら確実に泣いていた。
だけど、それよりも何よりも、僕は大野君に会いたかった。遠目でいいから元気な姿を見たいと思った。
少し図太くなったかな。
パソコンや読書で使用している眼鏡を鞄から出して装着した。僕はここ数年で乱視が進み、視力が一気に落ちた。眼鏡越しだと一瞬で視界の線が濃くなり、色彩が鮮やかになる。
オフィスや住まいのショールームには日曜日だけあってお客様が多数みえていた。
確かここには外国産の家具を多数揃えていて、場所柄もあり裕福なお客様が多いはずだ。
だけども、確認できる限り大野君は見当たらなかった。きっと2階で事務処理をしているか、或いは顧客訪問で外回りをしてるのかもしれない。
手に提げた光月庵の袋が重く感じた。
…………もう帰ろうかな。
きっとまた会えるだろう。
光月庵に通っていればいつか鉢合わせできる。僕はきびすを返して戻ろうと歩き始めた。
「……なごみ…さんですよね?なんでこんな所にいるんですか?眼鏡、かけてるから別人かと思いましたよ。」
人間は本当に驚くと言葉が出ないらしい。
目の前には息を切らした大野君がいた。外回りの帰りらしく鞄を手に持っている。
僕が会いたくて会いたくて仕方が無かった愛しい人が目の前に……いる。
「お……おの君……?」
「はい。大野です。お久しぶりです。」
だめだ。全てが眩しくて直視ができない。
そして、何故か目に涙が滲んできて、突然のことに対応できない自分がいた。
最初のコメントを投稿しよう!