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(大野語り)
お付き合いを始めてから、なごみさんと顔を合わせるのがこれで初めてになる。
嬉しくて内心思いっきりニヤけている俺に、新人1人をお供で連れていくように言われた。
4月に中途採用で入社した中村君という青年だ。俺より3つ下の24才で、やたらと本社へ行きたがっていた。
「あの、大野さん、俺は憧れの人に会うためにこの会社へ入ったんです。」
目をキラキラさせながら、道中の地下鉄内で、中村君は俺に熱い想いを語り始めた。
憧れの人に会うためにとか、何ともメルヘンチックな理由だ。馬鹿馬鹿しい。
そんな理由で会社を選ぶ奴の気が知れない。
一方的に話す中村君から聞こえてくる内容は、これまた一方的な愛情で、大学時代に憧れていた人の会社に入りたくて、うちを受けたものの落ちて、1年フリーターを経て中途で採用されたそうだ。
執念というか……重いというか……
想われている人も気の毒だ。女性だろうか。
「とにかく、その人に会いに、やっと本社へ行けるんです。大野さんはご存知ですか?秘書室のなごみさんっていう方なんですけど。」
「……ぇえっ?……あ、ま、まあ……ね。」
「知ってるんですね。やっぱり素敵な人だから目立つのかな。綺麗な方ですよね。3年ぶりにお顔を拝見できます。」
なごみさんの名前が出てきて、驚いたと同時に苦い気持ちが胸に広がり、気分が盛り下がった。
なごみさんは、やっと俺に気持ちが向いたところなんだよ。
まだ『好き』の確認しかしていない俺は、少し弱気になって、輝く中村君を見ていた。
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