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(渉語り)
二軒目では、知り合いの飲み屋に移動して彼の生い立ちを聞いた。小さい頃から両親が共働きのため、保育園で長い時間を過ごしたそうだ。そこで出会った保父さんに憧れて、今の職に決めたらしい。
彼らしいと思った。真っ直ぐで嘘のつかない瞳に吸い込まれるようだった。
その後、すぐお開きにすれば良かった。僕も翌日仕事があるからと帰れば良かったのだ。
話は過去の恋愛に移り、僕の記憶は途切れ途切れになる。きっと洋ちゃんのことを思い出して自暴自棄になったのだろう。
ものすごく自分寄りに分析すると、開業ストレスからの解放と失恋に対する陰の波形が重なったのだと思われる。
「あ、あの……渉さん。怒ってますよね。俺……あなたに一目惚れしたんです。1ヶ月前、出勤の際に治療院の前を掃除しているあなたを初めて見かけました。凛としてて、朝の澄んだ空気がよく似合う人だと思いました。それから毎日目で追うようになったんです。一方的ですけど、会えた日はテンションが上がって仕事を頑張ろうって思えました」
静かにゆっくりとまどか先生が言った。
まるでパニックで神経が苛立っている僕を宥めるように、優しい声で語りかけてくる。
子供にもこんな風なのかなと頭の隅でぼんやり考えた。彼の声は心を落ち着かせる何かがある。
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