優しさで溢れるように

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(なごみ語り) 社長は夏前に引越しをしたらしい。ある日、住所が変わったからと小さいメモを渡された。 社長には立派な実家があり、自身も有名なタワーマンション群で暮らしていた。引越し先は住所から察するに一軒家のようで、当時は大して気にも留めていなかった。 だが、その前に隼人君と立ち、大いに戸惑っている。さっきまで繋いでいた右手が、資料が入る封筒を寂しそうに握りしめる。朝の冷気が爽やかに僕たちを包んでいた。 「なごみさん……本当にここでいいんですか?白勢社長の自宅って」 「うん。住所は昨日も確認したから大丈夫の筈……なんだけど」 「ちょっと……いや、かなり社長とかけ離れたイメージの家ですね」 「隼人君もそう思う?僕も思った。別荘なのかな」 どうみてもタワーマンションに住んでいた人が引っ越すような物件には見えなかった。 何故なら築30年は経ってそうな年季の入った日本家屋だったからだ。庭は綺麗に手入れされ、赤い山茶花が寒空の下咲き誇っている。 大きな金木犀の木もあり、秋はいい香りがするのだろうと想像ができた。 積み重ねた季節を楽しむように、この家からは温かい雰囲気がする。何事もお金で解決しそうな社長とは正反対の匂いがした。 そして、気になることがもう一つあった。 表札にはでかでかと『東』と彫られていたのだ。東と言えば思いつく人が1人しかいない。僕の上司である東室長である。 ここには社長と室長の他言できない秘密があるのではないかと、なんとなく色恋の予感がした。 僕は意を決してインターホンを鳴らすことにした。
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