優しさで溢れるように

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(なごみ語り) インターホンを鳴らすと、青いストライプのエプロン姿の東室長が出て来た。 髪の毛は後ろに流さず無造作に下ろしたその姿は、実年齢より若く見える。いつも眉間に皺を寄せて、部長クラスをバッサバッサ切っている心無い人には見えない。 普通のお兄さん姿に笑いそうになり、必死で堪えた。隼人君も隣で唖然としている。 「はい…………って、和水……と大野。な、何しに来たんだよ。用なんかないよ。えっ社長?いない。ここにはいないから。取り敢えず帰ってくれ。携帯にでも電話して、待ち合わせをすればいい。またあの人は俺の許可無しに何でもやろうとする……とにかく帰れ」 「えっ、でも、室長……」 「社長はいないから、他を当たれ。じゃあな。帰ってくれ」 『帰れ』の一点張りで、門の外まで追い払われた。僕と隼人君は顔を見合わせる。 さて……どうしたものか…と悩もうとした時に、反対側から声がした。 そこには買い物袋を下げた社長が立っており、こちらもオフモードでいつもとは違った。 ざっくり編みのダークグレーなニットに、細身のスキニージーンズを履いている。明るい茶色のモカシンが全体的に若く見えた。 「お、なごみくん。おはよう。早速ありがとう。例の書類を持ってきてくれたんだろう?これを忘れた時は本当にどうしようかと思ったよ。さぁ、寒いから入って。朝ごはんは食べた?近所の美味しいパンを買ってきたんだ。良かったら………」 「良くありません。あなたは何でも勝手に決める。ここは俺の家です。来客があるなら予め申告するのがルールです」 家に入ったと思われた室長がいきなり背後から現れ、社長と痴話喧嘩を始める。聞いていると、なんだか夫婦の会話みたいだった。 「言ったじゃないか、資料を届けてもらうって。昨日、征士郎のベッドで確かに伝えた。お前だって返事してたぞ」 「聞いてません」 「確か、キスの合間に言ったはずだ」 キッキス………うーんと…… 挟まれた僕たちは居たたまれなくなって、少し後ずさりをした。これって室長と社長はそういう関係なんだよね。一緒に暮らしているのも、同棲と呼ばれている類に入るだろう。 こんな身近にお仲間がいたとは……驚いた。 「あの……今から予定があるんで、俺たちは社長に資料を渡したら帰ります。お二人は仲良しなんですね。ベッドでキスとかあまり外で言わない方がいいかと思いますよ」 隼人君がまだ言い争いを続けている2人にほんのり嫌味を交えて言った。余裕のある横顔に惚れ惚れする。 「大野のくせに偉そうに。どうせこの後の予定はデートだろう……いいです。航さん、みんなで朝ごはんを食べましょう。中に入ってもらって下さい」 「いいって。どうぞ、お茶ぐらい飲んでってよ」 『航さん』と社長を名前で呼んだ東室長の許可が降りて、僕たちは招き入れられた。 当然、休みでもサラリーマンな訳で、社長の命令は絶対だ。断る選択など存在しない。 渋々お邪魔することにした。
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