優しさで溢れるように

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(なごみ語り) それから、隼人君は社長と餅つきの準備を始めた。とは言っても、もち米を蒸したりお湯を沸かすのは室長の役目であり、僕もそれを手伝わされる。結局は手がかかる人なのだ。 最初は打算的な隼人君にしょうがなく付き合っていたが、次第に楽しくなってきた。 餅をつく2人を助けながら寒空の下で汗をかいていると、あっという間に完成する。 お湯を入れたお鍋の中についたお餅を入れて、小分けに千切り密封容器で保存した。 東室長の家は隼人君の実家に似ていて、懐かしい匂いがする場所だった。家族の温もりに縁遠い僕は、誰かと長期休みを過ごすという体験がこんなにも心地良いとは知らなかった。これも全て隼人君のお陰だ。 餅つきの後、帰ろうとした僕達に、2人から夕飯の誘いを受けた。今更遠出もできないので、有り難くいただくことにする。 宅急便で届いた活伊勢海老の刺身をつまみに、美味しい日本酒を熱燗で飲んでいた。目の前には、あんこう鍋がぐつぐつと音を立てている。 寝不足が続いたからか、酔いがまわるのが早い。なんだかふわふわしてきた。 「お二人はいつから一緒に暮らしているんですか?」 隼人君が興味津々で2人に聞いている。こたつの側には三毛猫のカンナが寝ていた。この子は社長が拾ってきたにもかかわらず、室長に懐いている。唯一の女の子で、眉間を撫でると気持ち良さそうに目を細めていた。 「6月にある征士郎の誕生日ぐらいかな。昔に色々あって、俺たちはようやくこの形に落ち着いたんだ。そんなことはどうでもいいからさ、君たちのことを聞かせてよ。カメラマンの河合君と三角関係なんだろ?どうやって河合君からなごみ君を奪取したんだい?」 「俺も聞きたい。あれから結局どうなったのか、大野もなごみも言わないし、助けてあげたのに感謝もされてないからね」 口に含んだ酒を吐くかと思った。 2人は何を知りたいのだろうか。こんな話は聞いても酒のつまみにもならないだろうに。 「なごみさん……言ってもいいの?」 「あんまり乗り気はしない……けど、別にいいよ。隼人君が良ければどうぞ。特に面白い話ではないと思いますが」 話始めた隼人君を尻目に、コップに継がれた熱燗を一気に飲み干した。 お代わりを手酌して、三毛猫のカンナに再び触れる。カンナはずっと僕のそばで寝ていた。 真面目に聞くと恥ずかしいので流していたが、話は僕たちの馴れ初めに移り、大いに盛り上がっていたようだった。 つまんないな。 こんなことなら隼人君と僕の家でごろごろしている方がマシだ。
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