優しさで溢れるように

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(大野語り) 長いキスの後、なごみさんが徐ろに服を脱ぎ出した。カーディガンの下に着ているシャツのボタンに手を掛けている。 「何してるんすか?」 「何って……エッチする。今から気持ちいいことやる。隼人君と繋がる」 「やりませんってば。ここ人ん家ですよ。駄目です。ちょっと落ち着いてください」 俺がなごみさんを宥めると、不服そうな表情でジッと見てきた。いや、可愛けど。なごみさんはめちゃくちゃ可愛いけど、こんな所では出来ない。だって東さん家だよ。見つかったら何言われるか分からない。 「隼人君は僕のこと嫌いなの?」 ずいずいと彼が俺に迫ってくる。いきなり首筋を舐められて鳥肌が立った。 「ひゃっ……嫌いとかそういうんじゃないです。だ、大好きですけど、ちょっと待ってください。水を貰ってきます。それ飲んで考えましょう」 余り見たことがない積極的ななごみさんに恥ずかしくなり、慌てて部屋を飛び出した。 困る。酔ってるからいつもより気が大きくなってるのだろうか。 ここが東さん家なのを悔やみながら、1階へ降りていく。古い家屋の床はキシキシと歩くたびに音を立てた。匂いが俺ん家に似ているため居心地は悪くなかった。 1階はしんと静まり返っている。少し前まで2人は起きていた筈なのに、寝たのだろうか。綺麗に片付けられた台所にもリビングにも人の気配がない。冷蔵庫から水のペットボトルを拝借し、上階へ戻ろうとした時だった。 ゴトッという物音が奥にある客間から聞こえたのだ。客間は社長の部屋だと言っていた気がする。ほんの少しの好奇心だった。1センチほど開いた襖から覗いた光景に俺は目を見張った。 うわ、キス………してる。 東さんと社長の影が暗がりで重なっていた。間接照明が怪しげに2人を照らし、側から見ても夢中で貪っているのが分かった。他人のキスシーンを間近に見るのが始めてだった俺は、目が離せなくなっていた。 キスをしながら社長が東さんの服を器用に脱がし始め、2人の熱が上がっていく………荒い呼吸音まで聞こえてきそうだった。 男同士って他人だと気持ち悪いのに、なぜかこの2人には唆(そそ)られた。 そこまで見て、我に返る。 いやいや、こんな盗み見は趣味じゃない。 2人は本物の夫婦みたいで、実際を目の当たりにして激しく動揺していた。 ああやって仲良くするんだ。 息が合っているというか、大人で余裕だな。 なんかすげえ。 いつもいっぱいいっぱいな俺と全く違う。 さっきなごみさんに舐められた首筋が急に熱く感じられた。首筋を抑えながら、ペットボトルを手に提げて2階にある部屋に戻る。 部屋に戻ると、なごみさんは寝ていた。 待ちきれなかったのか、断った俺に見切りを付けたのか、どちらか不明だが布団に潜っている。こんもりと盛り上がった隣の布団の前にペットボトルを置いた。 「水……持ってきましたよ。飲みますか?」 起きていたらしく、布団の間からなごみさんが顔を覗かせる。瞳には先ほどまでの熱さは残っていなかった。 「うん。ありがとう。さっきはどうかしてたみたいで、よく考たら恥ずかしくなったよ。ごめん、隼人君」 「ええ。あ、そうですか…………」 その言葉を聞いて安心する筈が、俺は酷くがっかりしたのだった。
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