白猫ヨーイチ

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白猫ヨーイチ

(大野語り) 家に帰るとリビングに白い猫がいた。 和菓子屋を営んでいる我が家は、店部分と店舗部分が繋がっており、行き来が常に可能だ。だから、食べ物を扱っている以上、動物は厳禁だったはずだ。兄貴が病的なくらいに注意を払っており、うちでは動物を絶対家へ入れない決まりがある。 家族の誰もが周知している事実なのに、何故かリビングに猫が寝ていた。 こたつの側で丸まって寝ている。シュッとした身体に毛並みの良い白色は、美人さんに見えた。女の子だろう、東さんちのカンナに共通する匂いがした。 手を伸ばし猫の背中に触れると、一瞬ビクッとしたが、そのまま気にせず寝ている。拒絶されなかったので、嬉しくなって頭も撫でた。 久しぶりに猫を触りテンションが上がる。可愛い。 毛並みが気持ちいい。 暫くして母さんがやってきた。 「隼人、おかえりなさい。この子、今朝うちの前で寝ていたの。お腹を空かせて真っ黒だったのよ。可哀想だから餌の後にお風呂へ入れたら、そのまま居着いちゃった。人懐こい子なの。だから、可愛くて」 「兄貴は何も言わなかった?」 猫を抱き上げた母さんは、惚けた顔をした。 「うーん。何かは言ってたけど、あまり聞こえなかったわ。でも、明日にはゲートを買ってきて、店側へ行けないようにするし、基本リビングで生活してもらうもの。問題ないわよね、ヨーイチくん?」 「ニャー………」 タイミングよく母さんの腕の中で鳴いた猫は、黄色の瞳で俺をまっすぐ見据えた。 やはり美人さんだ。 「今、猫のこと何て呼んだ?」 「だから、ヨーイチくん。この子、なごみ君に似てない?白くて、綺麗だし。人当たりが良いところもそっくり。だから、名前は直ぐ決まった。ヨーイチくん」 「オスなの?ヨーイチって……」 「まぁ失礼ね。立派な男の子よ。付いてまーす」 なごみさんには、和菓子屋『光月庵』を社用で使ってもらっている。社長や役員達の手土産や、御中元、御歳暮等、一年を通じてのお得意様だ。俺が不在の時にもちょくちょく店に顔を出し、その度に母さんと親交を深めていたようだった。だから2人は俺が嫉くくらい仲が良い。 確かに、この猫はなごみさんに似てなくはない。だからって、家族が恋人の名前を呼ぶなんて耐えられないんだけど。 俺が『洋一さん』って呼ぶのは、エッチの時だけって決めている。それ以外は許されてないのだ。 ものすごく悔しい。だけど、抗議ができない。1人で歯痒い思いをかみしめていた。 そんな悶える俺をヨーイチが不思議そうに見ていた。
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