真夜中の訪問者

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(なごみ語り) 夜中の12時をとうに過ぎていた。 しつこいチャイム音に、2回目に突入しようとしていた行為をあわてて中断して、パジャマを羽織ってドアスコープから覗いた。 基本的に僕の家には恋人しか来ない。友達もそんなに居ないし、ましてや自宅にまで呼ぶような友人なんかいたかどうかも遠い昔のことで、忘れているくらいだった。 「こんな夜中に……知り合いですか」 「さあ、全く心当たりがないけど」 明らかに不機嫌な顔の隼人君が裸で僕の後ろに立っていた。 目を凝らして、ドアスコープ越しに下を向いているその人を凝視した。夜の暗闇が共有スペースの電灯に混ざって暗い影を落としているのが分かる。 着ている上着で誰だかすぐに分かった。 彼が、こんな夜中に僕の家へ非常識を承知でやってくるとは余程のことがあったのではないか。纏っている重い雰囲気が尋常ではない。衝動的な行動に出ないといけない何かが恋人とあったのかな。だから、急いで僕に会いに来たのだろうか。 「………わたるくん……?」 「え、あの待鳥先生ですか?……タイミング最悪。なごみさん、どうします?」 「出るしかないでしょう。寒い中放っておけないよ」 隼人君には申し訳ないが、寝室へ戻って服を着るようにお願いした。 僕も急いでパジャマを身に着けた。鎖骨の下にくっきりとキスマークが付いており、慌ててカーディガンのボタンを上まで留めた。残念そうに項垂れる隼人君と、元気な彼の息子に愛しさを込めてキスをすると、玄関へ出向いてドアを開けた。 小1時間、渉君は黙ったまま、さめざめと泣いている。着いてすぐに出したホットコーヒーは冷めてしまい、今となってはただの黒い液体にしか見えない。 何も言わずに見守っていると、ぽつりぽつりと渉君が口を開いた。 原因は恋人だった。 僕は身体のメンテナンスを再び渉君にお願いしている。最近では月に何度か渉君の治療院へ通うようになっていた。彼には新しい恋人がいるし、隼人君の許可も出ているので、気兼ねなく調子を整えに行っている。『円さん』という新しい恋人に治療院で会ったこともあった。がっしりした体格の笑顔が可愛い人だ。 保育士である円さんは、とても優しそうで、渉君を見る眼差しには愛に溢れていた。2人は仲睦まじくて羨ましいくらいだったのに、何があったというのだろうか。 「まどか君が……浮気するかもしれない。洋ちゃんどうしよう。怖くて逃げて来ちゃった」 最後に渉君が口にした『浮気』いう言葉に僕たちは目を丸くした。思わず側にあった隼人君の手を握りしめてしまう。 「本当に、あの、その……浮気したって?」 「分かんないけど、夢中で走ってきたから」 2人が付き合う経緯も聞いていたから、考えられない展開に驚くことしかできなかった。 まさか、あの円さんが浮気って。無いでしょう。 「渉君、順番に話そうか。泣いてもいいよ。だから、思っていることを全部吐き出してみて。そのために来たんでしょう?僕が聞いてあげるから、ね、言ってごらん」 「洋ちゃん……まどか君が僕の傍からまた居なくなっちゃう。ううぅぅぅ」 背中を摩ってやると、我慢していたのだろう、泣き声が段々と大きくなり、終いにはわんわんという子供のような泣き方へと変化した。 ふと隣に目をやると、隼人君は苦いような複雑な顔をして、渉君を見ている。そっか、元恋人だから、いい気はしないのか。渉君からは以前のような特別な好意は全く感じられない。僕も渉君には、友達以上の感情は持っていなかった。
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