円と渉

2/8
314人が本棚に入れています
本棚に追加
/388ページ
(渉語り) 朝食後、大野が実家へ車を取りに行き、僕を乗せて出発した。助手席には洋ちゃんが座り、僕は重役みたいに後部座席を1人で占領している。助手席は洋ちゃんの指定席で、大野といい雰囲気なのをただ眺めていた。僕とまどか君は車を利用しないので、この光景は羨ましい。 この2人はいちいち仲が良くて腹が立つ。自分では洋ちゃんを幸せにできなかったから、大野に見せつけられているようで不愉快だけど、事実だからしょうがない。 時折、大野に微笑み返す元彼の横顔が輝いて見えて、尚更恋人に会いたくなった。 道中で洋ちゃんの携帯が鳴る。なんと、休みの治療院にいるアスカちゃんからだった。日曜日にしか来れない患者さんの治療を偶にやっている。時と場合によるが、昨晩アスカちゃんが出勤すると言っていたことを思い出した。 神妙な面持ちで電話を切った後、洋ちゃんが振り返る。 「渉君。治療院に円くんが来てるって。ものすごく心配して夜通し探したみたいだよ。どうする?今すぐ行った方がよくないかな」 「良かったっすね。彼氏さん、浮気してなかったみたいで」 大野までこちらを見てくる。 「あ……うん。じゃあ治療院に行こうかな」 「了解しましたー。では、曲がります」 夜通し僕を探してくれたんだ。心配してるかな。ああ、なんだか凄く嬉しい。 車が右に曲がり、身体も傾きながら喜びを噛み締めた。 僕達が付き合った当初は、自分が甲斐甲斐しく彼の面倒を見ていた。いつものように、ご飯を作って、鍼も打っていた。だけど半年経った今、その立場は逆転している。 まさかのまどか君が僕の保護者みたくなっていたのだ。初めて体験する居心地は全く悪くなく、寧ろ良過ぎて癖になりそうだった。 保育士であるまどか君は、プライベートは人に甘えたいかと思いきや、全く逆だった。 人に甘えるより、甘えさせたい欲が強く、気が付いたら僕はぐだぐだに甘やかされていた。昨晩の家出だって、今までの僕なら衝動的にそんなことはしなかった。良いのか悪いのか、僕は彼の前で感情を隠すことは無くなり、素でいることができた。 何をしても怒らない彼が、唯一不快感を示したのが、元カノに手を挙げたことだった。 いい大人が元カノと引っ張り合いの喧嘩をした挙句、全てを置いて飛び出したので、遂に怒らせたかと思ったのに……なのに、夜通し探してるとか何やってるんだよ。 寒くて風邪ひいたりしていないかな。 まどか君に早く会いたいな。 怒られたら素直に謝ろう。 頭が彼でいっぱいになり、前の2人は全く気にならなくなった。
/388ページ

最初のコメントを投稿しよう!