第1話

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岸くんはあだ名のトラウマなんて知らないから思い付いた事を言っただけだ。 でも、それでも堪えられなかった。 岸くんの声が別人の声に聞こえる。 ここにいる筈のない相手と重なって見える。 「保健室行こう!」 「…も…ももちゃんって、呼ばないで」 「そんな事言ってる場合じゃないよ!早く行くよ!掴まって」 岸くんは強引に俺の肩に腕を回し支えて保健室に向かった。 岸くんには悪いけど、俺は別の事を考えていた。 …気のせいだろうか、ずっと見られてる感じがする。 隣にいる岸くんを見ても、俺の方ではなくまっすぐ前を見ていた。 横からではなく、後ろからジッと突き刺さる視線。 後ろを振り返って見ても、そこには何もない。 まだ生徒達は外にいるからか、一年生の教室の周りには人一人いない。 「どうしたの?」 「なん、でもない」 後ろを振り返ったから岸くんは不思議そうに俺を見ていたが、俺は首を横に振った。 これ以上岸くんに迷惑は掛けたくない。 せっかく出来た、俺の友達だから… 入学初日を保健室で過ごすなんてついていない。 保健室に着いたのは良いが先生はいなくて、岸くんは職員室まで呼びに出かけた。 俺は寝るようにとベッドで寝かされていて、真っ白な天井を眺める。 …あんな事で動揺するなんて、自分が思ってるよりトラウマは深いのかもしれない。 中学に入って、彼と離れて…もう大丈夫だって思っていたのに… もしかしたら大人になっても消えないのかもしれない。 社会に出たらそんなんじゃダメだって分かってるのに、身体が心が言う事を聞いてくれない。 瞳を閉じると何も考えなくていいみたいで安心して眠れそうだ。 震えはまだ止まっていないから、寝れないかと思っていたが自分が思っているより疲れていたみたいだ。 目蓋を閉じて、少ししたら小さな寝息を立てていた。 だから保健室に誰かが入ってきた事も分からなかった。 立ち止まる事もせずにまっすぐにベッドのところまで歩いていた。 誰が保健室にいるのか最初から分かっているような迷いのなさだった。 カーテンを開けると、一人だけベッドで横になっている人物がいた。 猫のように身体を丸めている姿はいつもより小さく見えた。 足音が静かな保健室に少しだけ響いた。 近付いても、逃げも隠れもしないところを見ると熟睡しているのが分かった。
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