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「実は弟の所にライバル店の者がきて、引き抜きの誘いをしているらしい」
これについては珍しい話ではない。調香師やパティシエ、コック、ショコラティエなどの職人はその腕だけで大金を稼ぎ出す。そういう人物をヘッドハンティングする大店は今も昔もあるものだ。
商売を左右するような大事だから、大抵は揉めるのだが。
「それで、揉め事ですか?」
「いや。そもそもあいつは一人で店を切り盛りしている。先代から引き継いだ店で、亡くなった時に一人になって弟子もない。店に愛着を持っているから、たたんでまで他の店に移るような事は考えていないそうだ」
「…ちょっと、待って下さい」
ランバートは冷静に考えて、ファウストの話を一旦切った。
ファウストの弟の店は、西地区のウルーラ通りという場所にあると聞いた。そこは一流の店が競うように軒を連ねている。その場所に、個人が店を出している。それだけでも実は凄い事だ。
ちなみに、ファウストの妹へのプレゼントを選んだ宝飾店もこの通りにある。
「あの、個人がウルーラ通りに店を出しているんですか?」
「ん? あぁ、そうだ。通りのかなり端のほうだが」
「裏通り?」
「いや、表通りだ」
「もの凄く実力ある人じゃないですか」
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