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姿無き殺人鬼(ファウスト)
翌日、ファウストはやはり引っかかりが取れずにいた。
ブルーノ・シーブルズという名を思い出そうとしているのだが、どうにも霞みがかっている。
それでも黒幕の名が出た事は有り難く、すぐに内務への書類を起こしシウスのいる執務室へと持っていった。
「ランバートの情報網は優秀ぞ。民の生の声がこれだけ拾えるとは」
早い段階で相手が分かった事にシウスは感心し、すぐに部下を呼んで内務に届けるよう走らせた。
その側でファウストは浮かない顔だ。自然とシウスもそれに目が行く。
「何か、気がかりが?」
「シウス、このブルーノという男の名に覚えはないか?」
「ん? そういえば…」
そう言って悩みはするが、やはりシウスも思い出せない様子だ。眉根が寄り、不快そうな顔をする。思い出せないということが、この男にとって何よりのストレスなのだ。
「大分古い記憶だろうとは思うが…なんだったか。いや、思い出せぬなどということがこの私にあってなるものか。確か、何かの調書だったはずだ」
「古い調書……!」
ファウストは思い当たり、即座に走った。行き先は騎士団の書庫。そこには蔵書だけではなく、騎士団が関与した事件の調書も保管されている。
その中でも特別な棚へと一直線に向かったファウストは、既に埃を被ったファイルを引っ張り出してめくる。そして程なく、ブルーノ・シーブルズという名を見つけた。
「見つけたのかえ?」
後を追ってきたシウスが側に立つ。薄暗い書庫のなか、窓から差す明かりの中に立ったファウストは、シウスにも見えるようにファイルの表を見せた。
「『ブラッドレイン事件』か…」
苦い表情を浮かべるシウスに、ファウストも同じような顔で頷く。記憶は五年前に遡っていく。調書をめくりながら、凄惨な光景が目の前に蘇った。
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