姿無き殺人鬼(ファウスト)

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 『ブラッドレイン事件』は、今から五年前に発生した。  当時はとにかくてんてこ舞いだった。カール四世即位、相次ぐテロ事件。その中で騎士団は新たな形となったばかりで、まだ統率すらも上手く取れていない状態だった。  そんな時に、この忌まわしい事件は起こった。  現場は西地区、ほぼ全域。事件は全部で五回だった。当時まだ勢いのあった貴族の家から、「息子が帰らない」と怒鳴り込むような捜索依頼が入った。  そこで捜索してみると、前日の夜に「とある建物でお楽しみがある」という証言があった。  騎士団がその建物を調べて見つかったものは、あまりに凄惨な光景だった。  地下に作られた小さな部屋は床が一面水浸しになっていた。だが壁や天井は赤黒く変色し、飛び散った無数の血がベタベタと壁を伝い落ちた跡が残っていた。  とても一人の血液ではない。複数被害者はいただろう。  こんな事件が二週間の間に五件。西地区は恐怖のどん底に落ちた。  分かっている事は複数ある。  息子が帰らないと訴え出た貴族はみな、酷い地上げや引き抜き、嫌がらせにも似た営業妨害を行い自身の利益を上げていた事。  息子達の言う「お楽しみ」というのが、どうやらスラムから人を攫って痛めつけ、暴行死にまで発展していたこと。  そしてこの全員がロトに土地を売却していたこと。  そして分からない事も多数。  犯人の痕跡が水浸しになったことで一切分からない事。  惨殺の現場はあっても、そこに死体がないこと。  そして、何人が一度に殺されたかが分からない事。  ブルーノ・シーブルズの名は、被害者と思われる五人と面識のあった人物からの証言と、ロトというキーワードから浮かんできた。  殺されたと思われる五人の仲間だったのだ。そしてブルーノの親もまた、ロトに土地を売却している。  だがこの男は最初の事件の時に王都から逃げ出して、両親にも「探さないでくれ」と一文があり、持てる財産を持って出ている事から家出という扱いになった。  だからこそ、生き延びたのだろう。
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