第一部 アスフィラル劇団 序章 フルージアの初舞台

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 がたん、と音がした。フルージアははっとなる。  見るとフィラ・フィア役の役者が青い顔をしてうずくまっていた。突然のことに辺りは騒然となる。 「皆様落ち着いて下さい! 休み時間をとります! 次は第八幕『戦神の宴』からです!」  エルステッド役の人が叫び、あわてて幕が閉じられる。こういうことは時々ある。早く再開しないと不満がたまってしまうのだが。  しかし主役が途中で倒れて、何とかなるものだろうか?  フルージアが不安を感じた時だった。一つの手が、手招きしているのをフルージアは見た。  その手は小さくささやいた。 「きみ、ちょっとそこのきみだよ! いきなりだけど、劇を演じてみたいとは思わないかい?」 「……へ?」  声は小さかったが、とても慌てているような感じがした。 「いいからさ、倒れてしまったフィラ・フィアの代わりに、君がフィラ・フィアになってくれると大助かりなんだけど! 君は見込みがある! 即席でも何とかなるさ! 後生だから!」  声に悲壮感が混じる。しかし、何でいきなりわたしに? 確かに最前列の端にはいたけれど……。訳がわからなかった。 「え? でも……」 「お願いだから!」  声は拝むような調子になる。役が倒れたら確かに誰かが代わらなければならないわけだが、初心者のフルージアでもできるのだろうか? しかも主役だし。 「劇を最後まで終わらせよう! 君ならできる! さあ!」  そこまで言われては行くしかあるまい。フルージアは招く手に向かって、一歩を踏み出した。  それが未来への一歩だとは、知らずに。   ♪ 「すまないね、急なことになって。でも僕の目に狂いはないと思うよ。残るはたった二幕だけ。即席でも何とかなるだろうさ」  フルージアを誘った人物の名はウォルシュ・アスフィラル。なんと、アスフィラル劇団の団長だった。 「これから役をしっかり教えるから。九十分くらいで覚えてくれると助かるんだが……。まあ、初心者に無理は言わないさ」  ちなみに倒れた人はエルナというらしい。 「彼女は最近病気がちでね……。代わる人を探しているんだが、いまだ見つからず、さ。地道に頑張るしかないかな」  じゃ、と彼は言った。 「台本を渡すからしっかり覚えてね。僕の目に狂いはない! 期待しているよ」  かくして、練習が始まった。
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