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胸のあたりがよどむように、メイには感じられた。
そこには、ただ、無機質な回路と配線があるだけなのに。
――解明できない人間の、その内にある感情と言葉は、こんなにも制御できないものなのか。
エラー、とも呼べそうな、思考の奔流。
それはメイの回路に、今までにない反応を呼び起こす。
「……っ!」
瞬間、メイであってメイでない部分に、強制的な訴えがわき起こる。
――非常時のために備え付けられた、強制命令を実行する回路。
研究者達が、それを起動したのだろう。アンドロイドであるということは、極秘事項であるからだ。
(……もって、数分)
なのにメイは、それに従わなかった。
代わりに、自身に張り巡らされた通信へノイズをぶつけ、時間を稼ぎ始めた。
今頃、メイのセンサー越しに様子を見ている研究者達は、慌てふためいていることだろう。
だが放っておけば、すぐにでもメイは"自我"を失い、研究室へ帰還することになる。
(それは、いや)
……ロボットのように指示に従うのも、当たり前のこと。
今までのメイなら、そう判断しただろう。
研究達への協力と、情報管理。
世界の全ては、ただのデータにすぎない。
自分の、自分達の、開発と改良のため。
自然も、人間も、同じ。
合理的に配合された、自然という名のプログラムにすぎない。
――そう、答えを、得ていたのに。
今、メイは始めて、それを破った。
(自我。そうか、これが)
非常事態を起こしながらも、メイの思考は、奇妙な刺激に満ちていた。
喜び、とは、こういうものなのかもしれない。
それを教えてくれた充に、硬い口を開き、音声をふるわせる。
「私も、君のことが、心地よい。一緒にいて、楽しかった」
ぎこちなく、閉じられつつある思考から言葉を拾い、想いを返す。
ロボットでない、アンドロイドだけでもない、メイとしての判断を。
「だからこそ……ごめんなさい」
「形代さん。それは、いったい」
混乱する充の表情に、説明をしたい。
だが、襲いくる強制力の前に、判断すらも奪われていく。
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